光明の生活を伝えつなごう

関東支部だより

関東支部 平成24年6月

一行三昧の会

佐藤蓮洋

◇日 時:平成24年4月1日(日) 10時~16時
◇会 場:光明園
◇導 師:炭屋昌彦氏
◇参加者:12名

光明園近くの千川通りにある桜並木もやっと開花して、花の溢れる季節になってきました。

午前中はお念仏、如来光明礼拝儀を称え、聖歌を唱いました。午後は、炭屋氏からのお話がありました。

テーマは、「法然上人の教えに出合って」でした。

ご法話の抜粋

法然上人・弁栄聖者の「教え」の素晴らしさを感じていただき、充実した人生を送る一助となればと思い、「教え」の中で私の心に強く残っているものをお話させて頂きたいと思います。

  • 「凡入報土」 未断惑の凡夫の往生を許されていることです。煩悩に覆われ煩悩から離れることが出来ない私も往生できると教えられています。
  • 「往相談廻向」「還相廻向」「往相」とは自己の功徳を自分以外の方向に向けて、生きとし生ける全ての存在に普く施し与えてゆき、ともどもに阿弥陀如来の安楽浄土に往生せんとする願を立てることです。「還相」とは浄土からこの罪に汚れた現実社会(穢土)に帰って来て、生きとし生ける全ての存在を導き救って仏教の真理に向かわせることです。
  • 「倶会一処」この世で別離しようとも必ずまた倶に一つの処、即ち阿弥陀仏のお浄土でお会いすることが出来ると言う事です。

法然上人は阿弥陀仏の浄土に往生するかぎり、「心と心のふれあい」が決してなくならないことを説かれ、いつまでもこの「ふれあい」を持ち続けることのできる「倶会一処」の場としてお浄土があることを、実存することを信ずることを説かれています。

この三つの「教え」は明確に我々に対し「阿弥陀仏と故人の関係性」「浄土と現世の関係」「故人と残された者の関係性」を提示されています。このことは我々に「安心感」「生きる指針」「安らぎ」「死者への尊敬」等を与えるものであり、墓参やお仏壇前での祈りの動機になるものと思います。どうか大事な一日一日をご精進いただければ、真に生きている価値を見出した人生を過ごせるものと思います。合掌

※ご法話の後、お念仏をお称えし、茶話会で喉を潤しました。

読書会『宗祖の皮髄』

佐藤蓮洋

◇日 時:平成24年4月8日(日) 午後1時~3時
◇会 場:光明園
◇講 師:谷慈義氏
◇参加者:15名

この読書会は光明園の平成24年度活動の一つとして、新たにスタートしたものです。選ばれた本は、弁栄聖者の代表的なご本の一つである『宗祖の皮髄』。できる限り分かりやすくという要望もありましたので、谷講師はレジュメをていねいにまとめてくださいました。内容は、本文を「弁栄上人のキーワード」「弁栄上人の説明」「語句の説明」「出典の紹介」として整理し、基礎的な語句や関係のある経本等も同時に学ぶことがせきる形式になっています。レジュメは聖者のお話の内容がより詳細に理解できるようになっていることと、さらに復習するのにも役立つということで、とても好評でした。質疑応答も活発におこなわれ、茶話会にまで話題は延長されるほどでした。今後は隔月に開催される予定です。

念仏と法話の会

植西武子

◇日 時:平成24年4月15日(日) 10時~14時20分
◇会 場:光明園
◇導 師:河波定昌上首 佐々木有一氏
◇参加者:26名

午前中は人数が少なく感じましたが、午後になるとだんだん活気づいてきました。やはりお勤めの人にとっては日曜日の午前は貴重な休養のひとときなのだと思います。

お念仏の途中で聖歌「法の糸」を歌いました。この歌は普通はお別時や、念仏会の最後によく歌われますが、この歌が好きだと言う人が多く、光明園ではあらゆる場面で歌われます。確かに、メロディにも歌詞にも人の心を捉えて放さない何かがあると思います。

昼前になると一人二人と人数が増えてきました。テーブルを囲んで各自が持参の弁当を食べながら歓談するのも楽しいひとときです。

午後はお念仏の後、聖歌を歌って、ご法話を拝聴しました。

ご法話

今月は前半は佐々木有一氏が、後半は河波定昌上首がお話し下さいました。

(1)佐々木有一氏のお話の概要

今回のお話は「光明主義の七不思議」(平成23年度「法のつどい」にての講話より)の第二、第三の不思議について話されました。

「第二の不思議」とは如来と衆生は「親子関係」にあると言うことである。親は自分の子を親と同じ立場にしたいと願うものである。

親は子を かくばかりまで おもへるに
子はなど親を 慕わざるなん  (弁栄聖者)

そして如来はそれを実現する力を持っている。(本願力)

子をおもふ 親のみむねは 子らがため
親のすべてを 賜ふためなり  (弁栄聖者)

一方、子はどうすれば良いのか?子の自覚として、「念仏の三心」が挙げられる。

「三心」とは『観経』は至誠心、深心、回向発願心と、『大経』では至心、信楽、欲生我国とあるが、弁栄聖者は「①至心に深く信ず、②至心に愛す、③至心に欲望す」とされている。

「第三の不思議」とは如来の「遇斯光」、即ち「お救い」のことである。

念仏をして斯の光に遭うと三垢消滅し、身意柔軟にして歓喜踊躍して善心生ぜん、となる。佐々木氏自作のチャート(図式)を見ながら、「遇斯光」について話されました。特に十二光佛の清浄、歓喜、智慧、不断光を中心にご自身の見解も含めて説明されました。

(2)河波定昌上首のお話の概要

今月は「光明主義は日本的霊性の完成」と言うテーマでお話し下さいました。

アーノルド・トインビーは「20世紀はキリスト教と仏教が初めて出会った時代でその意義は大きい」と述べられている。

一方、「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である。」として、理性を中心とした近代は哲学の面に於いてやがて行き詰まっていった。

「現実、現実と言えども何一つ問題を解決していないではないか?」とシェリングはヘーゲルを批判した。キルケゴールやヤスパースが死について語ってもヘーゲルはそれについて語ることがなかったと言われている。ヘーゲルを批判することによって近代は終わりを告げるのである。

「近代」の後を「後近代」(ポスト・モダニズム)と呼ぶが、弁栄聖者が「霊性」を説かれたのはこの時代である。

当時、哲学の分野に於いても「人はどこから来て、どこへ帰るのか?」と言う根源的な問に対して誰も答を出せない状況であった。その時代に弁栄聖者がそれに言及して「霊性」と表現された意義は大きく、最も大きな「精神革命」と言える。

聖者没後、25年して鈴木大拙が「日本的霊性」を著したが、その内容は鎌倉時代に限られている。

日本的霊性は遙か何万年も昔の縄文、弥生時代に遡るものである。

自然の中の雪月花と一体化した清浄な心境が霊性を育んでいった。そして仏教と出会うことによって「月」が「阿弥陀様」と繋がっていったのである。

次の二首は後に詠まれた歌であるが、縄文的霊性がその基底に覗われる。

月影の 至らぬ里は なかれども
ながむる人の心にぞすむ  (法然上人)

あみだ佛に 染むる心の いろにいでば
秋の梢の たぐいならまし  (法然上人)

縄文時代は霊性の萌芽の時代であるが、やがて稲作が導入され、弥生文化が開花して、仏教(念仏)と一体化して弥生的霊性は完成していったのである。

田中木叉上人の『心田田植え歌」には稲作と結びついた弥生的霊性が覗われる。

山は青々 日はうらら 田には漫々
慈悲の水 秋はみのらん 無量寿を
歌え南無阿弥 田植え歌 青い稲葉は
その中に 白いお米の みのるため
死ぬるからだは その中に
死なないいのちの 育つため

この「秋はみのらん 無量寿を」は霊性の完成を意味している。
「霊性の完成」を最も端的に表しているのが、次の歌である。

月をみて 月に心が すむときは
月こそおのが すがたなるらめ  (弁栄聖者)

弁栄聖者は「仏性」を「霊性」に置き換えて新しい時代を主張され、霊性を中心とした人間形成を説かれたのである。また、聖者は霊性のみならず、感性、理性、その他全てを含むものとして捉えられている。

例えば、聖者は次の句に対して「感性の先頭に霊性が働いている。」と言われた。

あらとうと 青葉若葉に 日の光  (松尾芭蕉)

「あらとうと」は霊性そのものであり、「日の光」は感覚で感じるもの、「青葉若葉」に光の美しさを感じるのは感性である。
「理性」は死の前ではなすべくすべもなく止まるが、「霊性」はそれを発展させていくものである。

十万億 遙かなりと思うなかれ
心眼開くとき 弥陀現前す  (田中木叉上人)

である。

ポスト・モダニズムは念仏に尽きる。念仏とは人生の根本問題を解決していくのもである。ここに弁栄聖者の教えの深い意味があるのである。

茶話会

河波上首も参加され、にこやかに個々にお話しされておりました。お元気で何よりと嬉しく思いました。話が弾むとテーブルのお菓子にも手が伸びて、みんな楽しくお話が尽きませんでした。この後に関東支部の役員が打ち合わせをする予定でしたが、皆さん去りがたい雰囲気で4時過ぎまで歓談は続きました。関東支部の打ち合わせが終わったのは6時前でした。日が長くなってきたことに安堵感があったからだと思いました。

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