光明の生活を伝えつなごう

関東支部だより

関東支部 平成25年11月

(1)念仏と法話の会

山本サチ子

◇日 時:9月22日(日)
◇会 場:光明園
◇導 師:河波 定昌 上首
◇参加者:20数名

ご法話

本日の法話は宗教学上全体から話を進められました。宗教は多種多様であり宗教によって戦争が起こります。キリスト教も壮絶な戦いをして30年戦争も起こります。この時ドイツの人口は半分に減少したとも言われています。日本でも仏教が分裂しました。釈迦の滅後2つに分かれていきます(上座部と大衆部)。しかしながら法然上人は八宗九宗皆我が宗(法然上人の大浄土宗)と説き天台宗も真言宗も皆、浄土宗であると言われています。また『楞伽師資記』の中に念仏の中から禅宗がどのように成立されていったかが説かれています。そして弁栄聖者においても法華経と無量寿経が一体化していくところを礼拝儀の中で『本迹不二なる霊体の無量寿王に帰命せん』と説かれています。これは光明主義の極めて重要なところであります。

禅と念仏はずっと対立してきましたが弁栄聖者によって統一されました。また弁栄聖者が『霊性』ということばを使うことにより世界宗教が開けていったのです。『仏性・如来蔵』を『霊性』ということばに置き換えるとキリスト教と仏教の対立をも超えていくことになります。そのことはヨーロッパでの第二バチカン公会議(1961~1965)で仏教の真理が仏教の中にもあるとされました。宗派にとらわれているから阿弥陀様の実体が解からないのです。

『天にまします我等が父よ』と『三身即一に在ます最と尊とき唯一の如来よ』は皆共通であります。また、河波上首は日本仏教最大の影響力. 鳩摩羅什(くまらじゅう)三蔵法師が訳出した仏典は広く東アジア全域に伝播し、日本における諸宗派の根本経典として、今に至るも多くの人々を救済し続けていることについても触れられています。なお今年は鳩摩羅什三蔵滅後丁度1600年に当たります。もちろん弁栄聖者も『阿弥陀経図絵』にもみられるようにこの伝播に影響を受けておられるのです。

弁栄聖者の教えはすべてを大ミオヤにお任せ申し上げて常に大ミオヤを念じ100%他力の中で100%自力の念仏にするとどこまでもお任せ申し上げて念仏していくのです。仏教の中にもキリスト教があるといった弁栄聖者の教えは普遍的です。如来様はいつも真正面に在します。河波上首は日々の生活を念仏と共に過ごしましょうと締めくくられました。

ご回向

お彼岸のためご回向がありました。秋のお彼岸のせいかひたすら郷愁を深く感じました。弁栄聖者、田中木叉上人には深く報恩の思いを込めてご回向しました。その後各自が志す個人や各家のご回向がありました。

茶話会

8月が休会であったため光友の皆様の話が弾みました。これからの行事や休暇中の話等を皆で歓談しました。

合 掌

(2)第37回大巌寺別時念仏会

山本サチ子

◇日 時:9月14日(土)~16日(月)
◇会 場:檀林龍澤山大巌寺(千葉市中央区大巌寺町180)
◇導 師:藤本 浄彦 上人
◇参加者:50余名

はじめに

龍澤山 大巌寺は千葉キャンパス淑徳大学の隣に面し、森林と竹藪が佇まいを引き立てています。特に山門は徳川時代をしのばせる情緒豊かな建造物です。山門を潜ると元気のよい木魚の音が聞こえてきました。席に着くと礼拝儀の側に予め準備された『衆会』の詩が備えられてありました。

この にわに あつまる われら
よの わざの しなこそ かわれ
もろともに めぐみにとけて
むつみあり こころのこえに
さんぶつの うれしき しらべ

この詩により一層、気持ちが和らぎました。

ご法話

お導師である藤本上人は昨年、河波定昌上首から引き継がれて今年で2年目です。お導師も受講者も共に馴染んだ様子が見受けられました。

ご法話は『往生と共生』というタイトルでA4版の15ページに及ぶ資料と追加資料2枚に基づいて進められました。そして、3日間の長時間にわたり法然を中心とする日本浄土教の伝統とその展開相を考察され、善導・源信の説示に見られる〝往生〟の特徴そして法然・聖光房弁長(べんちょう)・椎尾弁匡・山崎弁栄等の各上人について順次にお話しをされました。

藤本上人は大巌寺が関東地区の十八檀林であったこと、そして弁栄上人も同じ壇林である東漸寺でご修行をされたことを話され、近代の教育にはない檀林教育の素晴らしさをお話されました。伝統ある大厳寺で別時念仏の開催ができることは素晴しいことであり、私共はこの別時念仏を皆さんと共に意義あるものにしていきたいと語られました。お上人の真摯な気持が受講者にも伝わり素晴しい実践教育の時間を頂けたと実感いたしております。

別時の最終日に藤本上人は以前に自分にお手紙を下さった「ローマ・カトリック教会 司祭」である神父の加藤様を紹介して下さいました。台風襲来の大変な雨風の中を、そして遠方まで光明会の法話を聞きに来てくださいましたことを一同嬉しく思いました。加藤神父の参加は弁栄聖者の説かれる光明主義の中にもキリスト教があると説かれたことが実感できた瞬間でした。

感想

法話の全容をここに提示することはできませんが〝往生と共生〟について、『共に生まれる』としての理解から『共に生きる』という用法への転換がみられます。私達凡夫はすべての雑念なくして別時念仏に没頭することはできないがしかし藤本上人が法話の中で語られたように法然上人・聖光上人・山崎弁栄上人の方々はその年齢によりその時の悟りの深さが違ってきておられるといわれました。確かに年代とともに実践の内容も異なってくると思われます。そうであるならば私達も少しでもそこに近づけるようにより一層、日々の生活の中で念仏と共に生活していくことが大切であります。このような気持ちを実感できたことは偏に皆様のお蔭です。導師のお上人、別時を主催してくださった大巌寺の関係者の皆様、幼稚園、保育園の諸先生そしてあいにくの台風にも挫けづに「別時参加をしてくださいました皆様、本当にありがとうございました。来年また、大巌寺の別時でお会いできることを祈念いたします。

合 掌

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