光明の生活を伝えつなごう

関東支部だより

関東支部 令和元年5月

念仏と法話の会(一月)

志村 念覚

◇日 時:1月20日(日)
◇会 場:光明園
◇法 話:大南龍昇園主
◇参加者:20名

 新年正月の法会を修正会といいます。午前中に礼拝儀とお念仏を唱え、午後は大南園主から新年の年賀状に引用した弁栄聖者の道詠と同様の趣旨である『人生の帰趣』第一章巻頭言の「人間界は聖なるこころをやしなう学校」をテーマに御法話をいただきました。

人間界は聖なるこころをやしなう学校

一 私の年賀状

  謹んで新年のお祝詞を申し上げます
    あめつちのよろづの備え誰がためぞ
     子等を育てんみむねならずや
 今年は光明主義を唱導された山崎弁栄聖者の百回忌を迎えます 聖者の道詠に込められた大ミオヤのみむねに思いを馳せてこの一年を過ごしたく、また皆様のご多幸を心からお祈り申し上げます  平成三十一年元旦

二 人生の帰趣 第一章 巻頭言

 ミオヤは私どもに日々のかて年々の衣物も天地の間にできるようにして私どもなる子どもに弁当を与え下さるのは五十年六十年間の人間という学校にて精神のうちに聖なる徳をやしないて私どもをミオヤのよつぎたるきよきみくににのぼることのできるようにとの目的によりてかてを与え給うのでありましよう 人間界は聖なるこころをやしなう学校でありますぞ (岩波文庫『人生の帰趣』一八頁)

三 人生の帰趣 ―光明主義の核心―

 編集者の田中木叉上人が書名を「人生の帰趣と名づけたのは第一章の別名を借りたもの」だと断っているが、第一章の最初の節名もまた同名の「人生の帰趣」である。巻頭言につづくこの論稿は弁栄の宗教的人生観の序であるが、また本書全体の序文としても相応しく要を得た内容を具えている。人生観は人によって異なり人生を深遠、高尚に観る者、あるいは浅薄、卑劣に思う者など様々である。これに対し人生の帰趣、すなわち人生の最終目的とすべき標準を定め提唱したいと断っている。

(一) 人生の二大目的
 まず始めに?には「宇宙の大法に則って終局に到達する」こと、?には「自己の伏能を有らん限り発展して向上的に生活する」という宗教的人生の二大目的を掲げている。?の宇宙の大法は宇宙の大霊体である法身如来の如来蔵性から自然の法則によって一切万物は悉く生成し、その法身如来を大ミオヤと仰いで私たちのために法身、報身、応身の三身に分かれ御慈しみたれ給わる「宇宙の根元(大ミオヤの元)に還ること」であるというのである。?は「自己の伏能霊性を開発して正当に生活す」ることにより円満なる人格を実成することであると聖者は説く。伏能とは隠れた可能性のことで霊性を意味する。この二方面から人生の帰趣の問題を提示している。
 本法話では?の宇宙の大法について宇宙の大霊体である大ミオヤの三身から詳しく説かれたが紙面の都合により省略し、?の自己の伏能霊性について次に述べる。
(二) 自己の伏能霊性
 自証主義と他力主義 仏教では一切衆生の伏能について悉有仏性といい、全ての生物に成仏の可能性を認めている。聖者はこれに二義があるとして甲は人の性すなわち伏能に成仏の性能が本来具有し、これを開発するという意味、乙は人の性は本来罪悪のみで神の性は具有していない。ただ信仰に依って善化せらるるという。仏教にも両主義があって一は仏性開発すると自己が仏であるといい、一は我々は凡夫で根本的に罪悪なので決定して堕獄する外ないが如来の本願力に救済されるから如来同体の覚を得らるるという。前者は自証主義、後者は他力主義とする。この両主義は各一方を主張し分業的に発達した。しかし実際には人の性と能とには両面を各自、具有しているから完全なる宗教は両主義を合一したところにあり光明主義の目指すものとなる。
仏性と煩悩 仏教には人の心性に仏性と煩悩との両面ありと説いている。仏性の方は人々具有するもまだ伏能である。喩えば鶏の卵のようなもので、これを孵化して雛としなければ鶏とはならない。霊性は本来各自が具有している。また人は仏性と共に煩悩という罪悪の性を有っている。煩悩は大霊の力に依って霊化される。即ち煩悩は菩提である。喩えば渋柿の実も能く乾燥して日干と成れば渋味が変化して還って甘味となるようなものである。終りに各自が本来、仏と成る伏能を具有していることについて釈尊が正覚を成就した時の話と『華厳経』の一節が紹介されて自己の伏能を開発すれば仏と異ることなきことが立証される。そして「霊性はもと宇宙大法の本体なる法身より分出せられた法であるが、霊性開発は大法に順うて自我を充実せしめ生を充実し真義を顕示してミオヤの全きが如く求め真善微妙の心霊界を顕示するにあり」とのべて霊性の本質と霊性たる伏能が開発によって発揮されると説いている。

四 終りに

 聖者の玉稿『人生の帰趣』は、光明主義の信仰と実践の核心を宇宙の大法と自己の伏能・霊性の関係から明らかにしている。前者では、大法を法報応の三身を柱に説く。後者では、霊性の開発の前提である自証主義と他力主義の旧弊からの解放と人の心性たる仏性と煩悩の両面が大霊力の光明に霊化される実相に言及している。そしてこの人間界を聖なるこころをやしなう学校としているのである。

念仏と法話の会(二月)

志村 念覚

◇日 時:2月17日(日)
◇会 場:光明園
◇法 話:大南龍昇園主
◇参加者:15名

―真の涅槃とは―涅槃会に寄せて―

 赤・白・桃の梅の花を二階の本堂から眺めることができる一日でした。午前は念仏と礼拝、午後はお釈迦様のご命日の月でもある二月に因んで、大南園主から「涅槃」についてご法話がありました。

一 経に説く涅槃

 涅槃について、ここに二つの経典を紹介します。一つはお釈迦様が亡くなる前の様子を描いた『大般涅槃経』で、「煩悩を断じることを涅槃とは名づけず。煩悩を生ぜざる乃ち涅槃と名づける」とあり、貪瞋痴の私達を悩ます煩悩を断ち切ることではなく、煩悩が全くなくなっていること、あるいは煩悩が煩悩でなくなることが涅槃であると説かれています。『般舟三昧経』では「心、想を起こせば即ち痴なり。想無ければ是れ泥?なり」と書かれ、心が想(表象・イメージ)を起こし、色づけされることで、純粋に理解できなくなり、一種の妄想となってしまう。妄想が判断を誤らせることになる。想という妄想がなければ、泥?(涅槃)だと述べられています。

二 釈尊最後の説法

 中村元先生と同時代の増谷文雄先生の『阿含経典による仏教の根本聖典』の訳をレジュメに書きました。それを読みながらお釈迦様の印象的な場面を紹介します。

〈自らを燈明とせよ〉
 お釈迦様のお世話をしていたアーナンダに「老齢すでに八十となった。・・・私の身体は、革紐のたすけによって、わずかに保っているにすぎない」と体力の衰えたことを述べています。そして、お釈迦様は余命がすくないことを察せられて、比丘のあり方として、「自らを燈明とし、自らを依処として、他人を依処とせず・・・法を燈明とし、法を依処として、他を依処とすることなくして修行すること」を説きました。つまり、「自分の中になる真実なものをつかめ」というのが最後の教えでした。
〈わが齢は熟しぬ〉
 お釈迦様は「今より三月ののちには、如来は滅に入るであろう。」と告げます。「これを聞いて、比丘たちはみな、愕然としておどろき、その身を地に投じて嘆くものあり、声をあげて泣いているものもあった」とあり、比丘たちの嘆きは尋常のものではなかったのです。そんな比丘たちに、お釈迦様は「比丘たちよ、このこと(死)は、いかにしても免れることを得ない。すべて生じたるものは、また滅する。生きとし生ける者にして、この生滅の法則をまぬかれうるものはないのである。」と説いている。老病死はいかなる人でも避けることができないことであり、それは決まりことであり、真実であることを諭しているのです。
〈大いなる死〉
 アーナンダはお釈迦様が逝かれることを嘆き哀しみ、部屋にこもってしまいました。お釈迦様は他の弟子にアーナンダを呼びに行かせました。「アーナンダよ、やめよ。悲しむな、泣くな。・・・すべて愛し親しめる者も、ついに生き別れ、死に別れ、死してはその境界を異にしなければならぬ」と。「アーナンダよ、一切は壊法であって、ひとたび生じたものがいつまでも存することが、どうしてあり得ようか。」と諭しました。ここでの壊法とは、①すべてが壊れるべき存在 ②壊れることは決まり・法則であるということです。(このエピソードを読むと父から聞いたことを思い出します。弁栄聖者も新潟の極楽寺で亡くなられる時に、極楽寺の方丈さんの奥さんの咲子さんを枕元に呼ばれました。咲子さんはとても大事な人だったのですね。その時に咲子さんを呼びに行き、案内してお連れしたのが、十何歳であった私の父でした。)それからお釈迦様は比丘たちに向かって何度も何度も何か質問・疑問点等がないかを尋ねましたが、みな黙っていたのです。ついに、お釈迦様は「すべてのものは壊法である。放逸ることなく精進するがよい」と述べ、これが最後のことばとなりました。

 私が学生の時、中国仏教史の第一人者であった塚本善隆先生が「仏教は精進だ!」と授業の中で話され、この言葉は深く印象に残っています。法句経の中にも「精進こそ不死の道、放逸こそ死の径なり。・・・放逸にふける者は、生命あるともすでに死せるにひとし。」という言葉があります。悟りというのは、不死の道なのです。そして何に精進するかといえば、六波羅蜜の布施・持戒・忍辱・禅定・智慧です。これは菩薩の目指すところであり、生きることの理念でもあります。

三 弁栄聖者の涅槃説―有余・無余・無住処涅槃―

 弁栄聖者の涅槃について、今回は「無対光」の説く涅槃について、紹介します。

〈釈尊の宗教目的〉
 弁栄聖者は、釈尊が太子の時代に出家され、そして「生死の凡夫が永生の霊と生れ更りなされた」と述べています。食べたい・眠りたい等の生理的欲求や煩悩のある肉体はそのままに、「精神的に心機一転」、「人格が一変」、「精神上の大革新をとげた」ことを有余涅槃とされています。つまり「涅槃とは生死を超えたる永恒常楽の境界にして極楽とも云う」「客観界に認識すべき処にあらずして主観界に実観する直観の霊界である」「人の精神の最奥底を聞きて霊的に完成したる人の精神世界である。此光明主義の理想とする処の心的成就の極致である」と説かれています。無余涅槃は、命尽きて、肉体を離れ、永恒常楽の寂光土、極楽、無量光明土、智慧土、常寂光土が現れ来ると説かれ、弁栄聖者は「光明主義の最終の目的となる処」であると述べられています。
 最後に、「無住処涅槃とは、生死に住せず涅槃に住せず・・・」と述べられており、これは生死・輪廻の迷いにも悟りにも偏らずに、苦の世界に戻り、衆生を救おうとする情熱を持つ、大乗仏教の菩薩のあり方でもあります。
〈弁栄聖者の無住処涅槃説(注)〉
 弁栄聖者の説かれる無住処涅槃については、注解がついております。要約すると「三身(法身・報身・応身)四智(大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智)の仏眼で、報身と合一して、自受用の境界を得てからこの世を去ることによって認識される境界が聖者が言っておられる無余即無住処涅槃の境界である」との内容のようです。これは大乗仏教の菩薩の涅槃と異なる聖者の教えではありますが、大変奥が深く私にはよく理解できないところです。これは弁栄聖者の涅槃観であり、念仏をしてつかまえるより分かりようがないところだと思います。頭で理解しても本物が分かることはなく、ただ、お念仏をしてわからせていただくことしかないように思います。

四 終りに

 釈迦のご命日を涅槃会として偲ぶことも大切なことですが、人間の究極の生き方に目を向ける日が一年に一度ではなく、毎月一度、例えばご命日の15日にお釈迦様を思い出すこともあっていいのではないか、と思います。同唱十念

一行三昧会

鎌尾 光栄

◇日 時:3月3日(日)
◇会 場:光明園
◇講 話:佐々木有一師
◇参加者:10名

〈ご講話〉十二光仏略解②

(2)恩寵

南無清浄光仏
如来清浄光明に 我等が塵垢は滌がれて
六根常に清らけく 姿色も自ずと潤るれ
南無歓喜光仏
如来歓喜の光明に 我等が苦悩は安らぎて
禅悦法喜微妙なる 喜楽極なく感ずなり
南無智慧光仏
如来智慧の光明に 我等が無明は照されて
仏の智見を開示して 如来の真理悟入るれ

 もともと十二光明は衆生に対して常に十二光のすべてが一つも欠けることなく照らしておられるのが真実であります。そしてそれぞれがお互いに重なり合い円環の如く衆生を照らしています。凡夫は四苦八苦の有為(無常)の世に身をおいていつも諸々の煩悩に身を焦がしています。そのため凡夫の感覚は不浄にまみれ、また感情も苦悩に満ち、智慧なき愚痴に沈んでいます。この感覚を六根清浄へと浄めてくださる(感覚美化)のが清浄光仏、苦しみと悩みの感情を喜と楽へと転じてくださる(感情融化)のが歓喜光仏であります。このような過程で智慧光仏の啓示によって四大智慧の開示悟入をうけて愚痴を離れ(智力霊化)、また身意柔軟の境地にも達していきます。お念仏をして啓示を開き如来の智慧をいただくのは智慧光のはたらきと思いがちですが、実は如来からいただく智慧、慈悲、威神力などの仲立ちをしてくれるのは四大智慧の一つである妙観察智です。妙観察智は大円鏡智、平等性智、成所作智などの智慧をいただくとき、如来と衆生を結ぶ道案内をしてくださるのです。
 如来の実相は四大智慧にほかなりませんがその智慧が円かにして遍く辺りなく法界を照らすところを無辺光仏といただきます。このようにして如来の智慧をいただきながら法界の偉大な真理の世界に一歩一歩招かれていくわけです。

南無炎王光仏
衆生無始の無明より 惑と業苦の極なきも
大炎王の光にて 一切の障り除こりぬ
南無無対光仏
絶対無限の光明に 摂化せられし終局には
諸仏と等き覚位をえ 大般涅槃に証入す

 無始以来の無明のために惑と業苦の世界に沈潜して迷いの輪廻を繰り返さざるをえなかった衆生は炎王光仏の智慧の光で無明の障りをすべて取り除いていただきます。衆生には二つの障りがあります。苦しみの原因である煩悩障があるために涅槃に入れず、所知障(全ては縁起に依ることを知らない障)があるために菩提を得ることができないのです。この煩悩の障りを取り除いてくださるのが炎王光仏のおはたらきです。同時に念仏の衆生は如来の大慈悲の光明にひとしく摂取せられ無対光仏のお力で極楽浄土のありさまを知り、またその浄土自体のおはたらき(土用)で臨終には如来の来迎を被むりお浄土にて大般涅槃に入っていきます。
 弁栄聖者は難思光、無称光、超日月光を修行の行儀分、または宗教倫理分とし、清浄、歓喜、智慧、不断の四つを光化の心相として宗教心理分に入れ、次に述べます無量光、無辺光、無礙光を如来論の立場で論じておられます。つまり炎王光と無対光とをこの三分類に含めておられませんので昔からあれこれの議論があるようです。衆生が涅槃界に入っていく前にも光化の心相の基盤としてともに働いておられ、その上に、無対光は摂化の終局として涅槃界の様子を詳しくお知らせくださる光明として受けとめてはどうかと思っています。覚者の境涯を示すとも受けとれましょう。

(3)如来の本体

南無無量寿仏
本有法身阿弥陀尊 迹を十劫に垂れ在し
本迹不二なる霊体の 無量寿王に帰命せん
南無無量光仏
十方三世一切の 法報応の本地なる
独尊統摂帰趣に在す 無量光を頂礼す
南無無辺光仏
如来無辺の光明は 四大智慧の相にて
遍く法界照しては 衆生の智見を明すなり
南無無礙光仏
如来無礙の光明は 神聖正義恩寵の  
霊徳不思議の力にて 衆生を解脱し自由とす

 如来大慈悲の衆生済度のプロセスは無礙光仏の霊徳の開展にほかならず、神聖正義恩寵の不思議なお力のお蔭でありまして、衆生は有余の自由と無余の涅槃に導かれていくわけです。
 以上のことはすべて無量寿仏と無量光仏のお力によるものでこの二尊は無量光寿ともいわれるほど二而不二同体の如来さまです。阿弥陀如来、また大ミオヤと尊称いたします。弁栄聖者の場合、大ミオヤはいわゆる酬因感果の阿弥陀仏のことではなく本仏の阿弥陀さまです。その阿弥陀如来の本質は無量光、無辺光、無礙光をそれぞれ体・相・用として説明されますが、体は法身徳、相は般若徳、用は解脱徳の表れであります。
 無量光仏の讃頌に「十方三世一切の 法報応の本地なる」とありますが、ここでの「法報応」は諸仏のことで、もとは凡夫であった者が如来のお育てを被って成仏された方々、すなわち本仏に対する迹仏、という意味であります(『笹本戒浄上人全集』)。「弁栄聖者御垂示」の「三世諸仏は念弥陀三昧によって正覚を成ずと南無」の諸仏のことで、その本地仏が無量光仏であるということです。大ミオヤが「法報応」の三身即一であるという趣旨は礼拝儀では「至心に帰命す」の祈祷文に書かれているところです。
 さて、「相」の無辺光仏とは四大智慧を表わしますがこの聖者の四智論は(阿弥陀仏の仏身観とともに)全くユニークで、通仏教的な唯識説の転識得智の四智ではありません。聖者の四智とは今はわかりにくいかと思いますが一応次のように説明されています。
 「無辺光の四大智慧は個人の心理の観念と理性と認識と感覚の四分類に例すべきものにて、…四大智慧とは一大観念態(大円鏡智)と一大理性(平等性智)と一切認識の本源(妙観察智)と一切感覚の本源(成所作智)とである。
 この四智が万物に内存して自然界の主観客観の本元と為る(大円鏡智)。また万有を生成する統一摂理の本源と為る(平等性智)。又因縁相い成じ陰陽交感の造化の妙用の本源と為る(妙観察智)。また感覚作用たる客観の色声香味触の相と為る(成所作智)。」(『無辺光』)
 前述の体・相・用の三大に関連して注意すべきは法身徳の法身とは報身の体としての意味で使われていることです。法報応の三身の一としての法身ではありません。三身の法身仏がみずからの分身として生成せしめた世界や衆生を、元の大ミオヤ(絶対心霊)の御許に還らせるために救いと育ての報身仏としても現れ給う、そしてこのことを衆生に教えに来られたのが応身仏のお釈迦さま、これが法報応の三身ということでその本地は無量光仏であり、衆生のために三容に現れた一体であり、一体の三面観にほかなりません。それゆえに三身は即一なのです。
 太陽の光は全体としては無色でありながらプリズムを通すと七色に分かれて見える虹のごとくに、無量光寿仏はみずから報身の十二の光明とお成りになって衆生の済度に万全を期したまうのであります。無量寿仏は久遠本有の本仏であり、娑婆の衆生のために教主釈尊をお遣わしになる一方、無量光仏としては過去現在未来にわたる一切の法報応の仏身の本地として独尊にておわします。独尊の故に万物の統摂帰趣にてもあられます。こうした大慈大悲のお力のお蔭でわれわれ衆生は光明生活に入っていくことができるのです。

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