光明の生活を伝えつなごう

関東支部だより

関東支部 令和5年5月

光明園 3月の報告

佐藤 蓮洋

◎5日(日)は一行三昧会を開催し、11名の参加をいただきました。午前中は、晨朝の礼拝、お念仏、聖歌「念仏三昧」を、午後は、聖歌「歓喜光」、お念仏、昏暮の礼拝をお称えしました。
◎19日(日)は「念仏会と講話」、12名の参加をいただきました。午前中は、お念仏、晨朝の礼拝、聖歌「智慧光」を、午後は聖歌「光顔巍巍讃」、お念仏をお称えしました。春のお彼岸でしたので、参加者皆様のご先祖のご回向をいたしました。その後、講師の花輪さんからお話をいただきました。


◇講話            花輪 智之

 前回の講話では、ご聖歌『一心十界の頌』を味わったが、今回は十界の究竟である仏陀界(釈尊の境界)に到る仏道について弁栄聖者晩年のご講話から学ぶ。

仏道は人格の完成
 浄土教は如来に身も心も打ち任せて成仏(仏道を完成)させて頂く。大乗では真空真如を悟った上に無量の霊徳を現すことを仏陀の悟りとして説くが、真空真如が完全円満な万徳(大ミオヤの自境界、常恒不変かつ平等一切に遍在する真実在)である真実をお説きになったのが聖者の御教え。光明主義は大ミオヤの恩寵(万徳そのものである十二光の顕現的働き)による仏知見開示と一体化した感覚情意の霊化すなわち光化の心相(万徳の内容体現)の面で霊的人格の完成(終局は釈尊の三相五徳の境界)を説く。
仏道の三主義
 弁栄聖者は仏道を次の三主義に分類した。①解脱主義(自力で煩悩の悪質を解脱し、本具の霊性を開発する)、②救済主義(解脱の因がない罪悪の凡夫と自覚し、如来の絶対的救いに帰命信頼して救済される)、③光明摂化主義(大ミオヤを信楽(仰信と愛慕)して一心に念仏し、ミオヤの光明摂化を蒙り、ミオヤより具有している霊性を開発する。また、霊性と共に聖意体現の活動をする)。聖者は光明主義を③と特徴づけて、凡夫でもこの世で大ミオヤのお世継ぎ(仏子)となり、大ミオヤの万徳を頂き、釈尊の境界に到る道を示された。
仏道の行位
 弁栄聖者は光明主義の行道を大乗の五十二位説(十信、十住、十行、十廻向、十地、等覚、妙覚)になぞらえ、難思光を十信(信心喚起)、無称光を十住(霊性開発)、超日月光を十行(聖意実現)、十廻向(利他活動)、十地(全分度生)と規定された。特に超日月光(体現位)の十行、十廻向、十地の円環かつ重層的展開を等覚(諸仏と等しき覚位)と捉え、その究竟を妙覚(釈尊の境界)と考えておられたのであろう。釈尊が無上正覚の得道後、なおも無限向上の道を歩まれたように、大ミオヤの”いつもかわらぬ活きどおし”(常恒不断のお働き、一切を各各に円成せしめる本願力)を真の無限向上の道として体現するのが、仏子(超日月光の境界)のつとめであろう。
仏道を完成した身
 衆生が成仏(釈尊の境界に到り仏道を完成)すれば、ミオヤの命を受け、一国土の一仏(迹仏)として生まれ、各各その国において仏道を説き、無量の衆生を済度する。この地球という国土では、一仏が釈尊であり、釈尊の教えが続く限り、他の成仏した身は菩薩として出現する(一国に二仏出世せず、迷って菩薩として出世するのではない)。
「念仏していると自分にそなえて居るが、めざめていない観音様が育ってくる。観音様が生まれ育って、本当の観音様と同じにして下さるのが本願力」(木叉上人)     以上
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