光明の生活を伝えつなごう

関東支部だより

関東支部 令和5年7・8月

光明園 5月の報告

佐藤 蓮洋

○7日(日)は一行三昧会を開催し、6名参加いただきました。午前9時から午後3時までの間、お念仏、晨朝の礼拝、昏暮の礼拝、聖歌「じひの華つみうた」「清浄光」、お念仏をお称えしました。
○28日(日)は「念仏会と講話」、9名の参加をいただきました。午前9時から午後1時20分までの間、お念仏、晨朝の礼拝、聖歌「念仏三昧」「歓喜光」をお称えし、講師の花輪さんからお話をいただきました。(講話は文末に記載)
 なお、茶話会では、名古屋の西蓮寺様の大田様からご寄贈いただきました「ミオヤのひかり」が紹介されました。「ミオヤのひかり」は大正八年十一月に発行され、聖者のご遷化後は御遺稿として昭和九年十二月まで発行された小雑誌です。発行の趣旨には、聖者の敬白として「・・・みおやの聖意を普く世にしらしめて共に光明の下に生活活動し聖寵に報んが為である。」と述べられています。
 この度、光明園にご寄贈いただいたのは、大南龍昇上人(光明園 三代目園主)が大正大学の学生時代に仏教学研究室の副手をされていた西蓮寺様の先代の大田敬光先生との深いご縁で、奥様の大田まり様からご送付いただきました。
 なお、この度のご寄贈は大正八年の第一号から昭和七年までですが、すでに百年以上も経過する小雑誌も大変保存状態がよく、また、光明園初代園主の木叉上人が大正十一年から昭和九年まで編集されていたご縁も重なり、光明園にとっても大変貴重な財産となります。
 西蓮寺様とのご関係など、遠方から毎回例会にご参加いただいている大南上人の貴重なお話をいただきながら、今後、光明主義の研究を進める上でも大変貴重な資料であるとの話が飛び交い、茶話会が大いに盛り上がりました。(記:佐藤)


◇講話         花輪 智之
 今回の講話では、前回に引き続き大ミオヤの聖容について深堀する。また、「年頭法語」を基に信仰心の内容について学んでいく。

1 大ミオヤの聖容
弁栄聖者は「宗祖の皮髄」において、釈尊や宗祖が三昧入神する処として、絶対中心(十方法界を包み、真空妙有の中道に在りて大智大悲を円かに照らす大ミオヤの一大人格が儼臨したもう中心)をお説きになった。大ミオヤの妙有(十方法界)の中にある衆生は絶対中心に直結し真空(常恒不変の本質内容)と合一することで真空妙有の真実態となる。絶対中心が終局目的へと妙有を照らす現象態が大ミオヤの聖容(万徳の絶対表現)である。
 聖容には衆生の信念に相応した差別現象である妙色相好身(霊応身の面)と常恒不変で一切の差別現象の根源である絶対真実の妙色相好身(真応身の面)が完全に融合統一している。特に常恒不変の聖容である真応身は絶対中心が衆生に感応する面であり、在さざる処なきが故に、平等一切の真正面において常に無縁大悲のまなざしを注いで下さる。
 そのまなざしは恩寵として衆生の信念に報いて、心想中に霊応身を発現し、御心の内容を注ぎ、真応身と合一した聖意を体現する身分へとお育て下さる(真実の自己の心の眼となる)。聖者は真応身と円満に合一した釈尊の無上正覚を「内霊応に充給い」と讃えられた。
 信心喚起(五根五力)から見不見にかかわらず、三昧仏様を前にしてもしなくても、信念により念い上げるミオヤの聖容に即し、今現に真正面に在ます常恒不変である無縁大悲のまなざし(真応身)に心を注ぐ処に、終局を含む全てが潜んでいる。
 「徳本が本地あらはす南無阿彌陀佛いつも替わらぬもとの姿を」(徳本行者)
2 信仰心の内容
 「年頭法語」(入信、間もない木叉上人に宛てられた弁栄聖者からの年頭のお手紙)には、至心信楽の心を注ぐ衆生の念に恩寵を以って大ミオヤが報いて下さることが教示されている。
 大ミオヤの恩寵には①親縁(恩寵の中心真髄、ミオヤの形式を含む内容との感応融合)、②近縁(仏知見開示による形式的合一)、③増上縁(感覚と意志の解脱霊化による内容的合一)の三縁がある。聖者は信仰心の内容として、三縁のうち、①に愛念(情)、②に信念(知)、③に欲念(意)の三心を相応することで、大ミオヤと衆生の関係が親密になり、神人合一することをお説きになった。また、信心喚起(恩寵喚起)では敬(信念としての仰信)と愛(愛念としての帰命の感情)が共に活動して真価ある宗教心であるとお説きになられ、さらに聖歌「聖意の現れ」では、敬(超在一神を仰ぐ尊崇)と愛(汎神と親密になる愛慕)を貫く欲念としての全分度生の意(超在一神的汎神の根底である無上菩提)が頌われている。
 聖者が宗教の中心真髄は情にあるとお説きになられたように、知情意の三心を内的に親密な愛(情)の一心に込め、自分自身よりも最も親密である大ミオヤの無縁大悲に直結していくことが肝心となる。また、そこに力を添えて下さる大ミオヤの大悲招喚の御声(心の奥底からの宗教的衝動)も忘れてはならない。
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