ある家族のお話です。小学生のしょうちゃんとお母さんが楽しそうにアルバムをみています。
「おかあさん、これ海に行ったときだよ。」
「お正月のもちつきだよ。」
と、楽しそうなしょうちゃん。お母さんもニコニコしながらいっしょに見ています。
新しいアルバムから、古いアルバムへと進んでいると、しょうちゃんが赤ちゃんの頃の写真になってきました。
するとお母さんが、一枚の写真にくぎ付けになり、ページをめくる手がとまりました。
それは、しょうちゃんがはじめて立ち上がったときの写真で、お母さんが喜んでいる様子と、しょうちゃんが机に手をつきながら一生懸命に立っている様子が上手にとれています。
その写真を、お母さんが目をうるうるさせながらじっと見ています。その様子を見たしょうちゃんが、
「どうかしたの?」
と聞くと、
「しょうちゃんがねー、はじめて立ち上がってうれしかったのよ。それでね、このとき、お父さんが『しょうちゃんが立ち上がったぞ!』って大さわぎでね、慌ててカメラをもってきて、うれしそうに写真をとったのよ。」
それを聞いたしょうちゃんは、大切なことに気づいたのか、ハッとした顔をして、
「お母さんは、写真に写っていないお父さんが見えているんだね。ぼくはお父さんのことすっかり忘れてた。ゴメンね、お父さん。」
考えてみたら、すべての写真の反対側に、とってくれた誰かがいるんだ。
仏さまも、このカメラマンのお父さんみたいに写真やこの目には写らないけれど、見えないところで見守っている、やさしい存在なんだな。