光明の生活を伝えつなごう

子供と一緒に学びましょう

子どもと一緒に学びましょう No.2 「至心に帰妙す」ってどういう意味?

『礼拝儀』にある「至心に帰妙す」っていうのは、
自分勝手にならないよう、心から如来様におまかせします。
って意味なんだ。

君の命って自分勝手にしていいものかな?よーく考えよう。
お米だって、お魚だって、みーんな命をもっている。
私たちはそんな命をいただいて生きているんだ。
だから、ごはんを食べるときは「いただきます」って言うんだ。
いただいた命のことを思ったら、自分勝手に生きちゃいけないよね。

それにね、君の命だって、
お父さんやお母さん、そして如来様からいただいたものなんだよ。
だから、お父さんお母さんとケンカして、
「生んでくれって頼んでない」
なんて、そんな悲しいこと言っちゃダメだよ。

でも、私たちは、
「ウソをついちゃいけない」
「お掃除当番をさぼっちゃいけない」
ってわかっていても、ついついウソをついたりサボったり、
いろいろな悪い事をしてしまうことがある。
でも、そんなとき、如来様が真ん前にいると思ったら、
ウソがつけるかな?
お掃除当番サボれるかな?

ウソをつけないよね!
お掃除サボれないよね!

如来様が真ん前にいると思って、
心から「なむあみだぶつ」っておとなえすると、
だんだん自分勝手じゃなくなっていくんだ。
それだけじゃない!
如来様が、お父さんやお母さんのように、
信頼できるようになるんだ。

君もお父さんやお母さんを信頼して、
色々な事をおまかせしているよね!
ご飯はお母さんにおまかせ。お仕事はお父さんにおまかせ。
そんなの当たり前なんて思っちゃダメ。
私にできないことを、おまかせしているんだ。
そう思ったら、お父さんお母さん「ありがとう」
私にもお手伝いできないかなって思えるはずだよ。

だから、「至心に帰妙す」というのは、
如来様、すべておまかせいたします。
私にも何かお手伝いをさせてください。
という想いなんだ。

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