光明の生活を伝えつなごう

聖者の偉業

聖者の俤 No.59 乳房のひととせ 下巻 聖者ご法話聞き書き(別時中の法話) 3

乳房のひととせ 上巻

中井常次郎(弁常居士)著

◇聞き書き その八 別時中の法話〈つづき〉大正9年6月2日 黒谷光明寺塔頭瑞泉院にて

(三)霊枢五性 (二日夜の講話)

自力で人格の完成ができるならば、宗教の必要はない。生れたままの吾々は動物我であるが、これを育てると立派な精神が現れて来る。太陽あり、眼あって物が見える如く、心霊界の太陽なる如来が有って、宗教は成立する。十二光仏を研究すれば、宇宙は活ける霊体なる事が解る。その霊体に独尊、統摂、帰趣の三権能が有る。これを宗の三義という。

人は霊性を完全に開かねばならぬ。吾々は五官の一つが欠けても生活に不便であるように、天性、理性、霊性のどれが欠けても不自由である。天性(本能)は五官の働きであって、これのみでは、人間は他の動物よりも劣っている。人は理性に依って、他の動物を支配する事ができる。霊性は神と交感する性であって、これが開けると、初めて宗教の真理を実感する事ができる。

大乗仏教は釈尊が霊性によって宇宙を見た実感を伝えたものである。凡夫はそれを理性で証明しようとする。けれども、霊性が開けぬ間は経典の真意が解からぬ。蝶は人間にまで進化しなければ、人間の心を知る事ができない、吾々の阿頼耶が仏智に変れば霊界が見えて来る。

これから霊枢五性について話をする。五性とは尊崇性、霊妙性、正義性、慈愛性、希望性の五つである。

尊崇性。五性の内の一つが欠けてもいけないが、宗教には尊崇性は特に大切である。この性が発達すると宇宙に最も尊きものの有る事が解る。

尊崇は霊性より出る感情であって、人により強弱あり、発達の速さも異なる。太陽の光は瓦に反射せぬけれども、研いた金剛には良く反射する。如来の光明も人により感ずる程度が異なる。自分が偉いと思えば、尊崇性は発達し難い。自分は至らぬ者である。彼方に尊い方がおられると思い、それを尊べば尊崇性は次第に発達する。有難いという感じも同様である。

〈菅原〉道実公は尊崇性の発達した方であった。偉人には尊崇性を用いた人と用いない人とある。ダルマは「我何人ぞ、釈迦何人ぞ」といって、「尊崇性を用いなかった。それで人からもおもちゃにされ、煙草入れのねつけや不倒翁にされ子供にまで弄ばれている。弘法大師や道実実公は神仏を尊んだから、人からも拝まれる。自らへり下り他を尊ぶ故に己が尊崇性現れ、人からも崇められる。

慈愛性。これは大切な性である。愛には肉より出る動物的愛と理性より出る愛と霊性より出る愛とがある。哲学は知識を愛する学問なりといった人がある。孔子は賢を賢として色に代えよといった。これらは理性愛である。慈愛性は霊性より来る如来愛である。愛と敬とは平行せねばならぬ。敬は遠ざけ、愛は近づける。

仏を讃めぬ経典は無い。尊き方を愛すれば、その人に似て来る。無上人格を愛すれば如来に近くなる。

希望性。人格の高い人は高尚なる欲望を持っている。誰でも己が心に相応した欲望を持つものである。子供は金銭よりも菓子が好きである。人に欲望なくば生きる気がせぬ。人に名誉、財産の欲無くばそれらの人々を使う事ができない。北海道の人に、祭の日、平生の五倍の賃金を払うから店番をしてくれと頼んでも来る人が無い。人は多く金や名誉に使われている。

釈尊は王位や財宝に価値を認めなかったが、一切衆生を救いたいという欲望を持っておられた、霊性が育つと永遠の生命がほしくなる。

霊妙性。これは奇蹟を出す性である。お釈迦様やキリストは奇蹟を現わした。奇蹟を見て信仰に入る人が多い。刀も切る能わず、火も焼く能わずという如き奇蹟よりも、悪人を善人と化するは、遥に大なる奇蹟である。ケーラス博士はあらゆる宗教を研究した人で、世界第一の宗教学者であるが、シカゴ博覧会の頃「仏陀の福音」という本を著わした。その中に「火に焼けぬような奇蹟は、正しき人より見れば価値が無い。実に不可思議なるは阿弥陀仏である。生死の凡夫を永生の者とするほど大きな奇蹟はない。而して仏教は最高の宗教である」と説いてある。

正義性。神通不思議を手品に使うてはならぬ。正義によって正しく使わねばならぬ。

或時、王舎城の善賢長者の子が栴檀香木を以て造った鉢を高く竿頭に吊し「神通ある者はこれを取れ。与えん。」といった。外道の徒がそれを獲んとして取る事ができなかった。丁度そこを通りかかった賓頭盧尊者は、忽ち神通を以て空中に上り、木鉢を取った。釈尊は此の事をお聞きになって「神通は難化の衆生を度すために使って良いが、徒らに凡俗に示すは沙門のすべき事ではない。木鉢のために神通を現わし、人々の歓心を買う如きは、賤むべき事である」と誡められた。

〈つづく〉

【註】 ねつけ 巾着・煙草入・印籠などを帯に挟んで提げる時、落ちないようにその紐の端につける留め具。(『広辞苑』第六版より)
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