光明の生活を伝えつなごう

近畿支部だより

近畿支部 平成20年2月

聖者ご祥当別時念仏会

関口 高

◇日時 12月4日(火)
◇場所 地蔵寺(大阪・福島区)
◇導師 金田隆栄上人(九州光明会会長、大願寺住職)
◇出席者 40名

一、あさの礼拝・念仏三昧

維那:佐野成昭師

二、法話

講題「十二因縁と炎王光-具体例示」(要旨)

(開口一番)12月は弁栄聖者(大正9年12月4日)と田中木叉上人(昭和49年12月12日)が亡くなられた月である。

「十二因縁」とは、無明・行・識・名色・六入・触・受・愛・取・有・生・老死の、十二通りの因縁を云う。無明と行は、過去の因縁。識・名色・六入・触・受・愛・取・有は現在の因縁。生と老死は、未来の因縁である。(お上人は、この十二通りの因縁について、大変具体的に説明をされました)

  1. 過去の因縁のうち、無明は惑であり、行は業であって、自力で消すことができない。炎王光の光で除かねばならない。 弁栄聖者は「如来光明礼拝儀」の「南無炎王光」で、「衆生無始の無明より、惑と業苦の極なきも、大炎王の光にて、一切の障り除こりぬ」と仰せられた。
  2. 六道輪廻(地獄道、餓鬼道、畜生道、阿修羅道、人間道、天上道)中の私ども衆生は、十二因縁の現在にあたる識・名色・六入・触・受・愛・取・有のどの因縁にも、不完全で暗い汚い苦しい状況である。従って、如来の光明によって救って頂かねばならない。
  3. 四諦とは、苦諦・集諦・滅諦・道諦で十二因縁に類似している。お念仏の生活により、この四諦と八正道(正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)の修行を自然に経て、弁栄聖者の申される光明生活を営むことができるのである。
  4. 大事なことは、私ども衆生は、無明=惑、行=業という過去を背負ってこの世に生まれて来ており、かつ現在この十二因縁を行いつつ生きている。死なばある者は極楽へ、ある者は地獄へ行く。一般の者は中有にあって、これまで自分が行ってきた十二因縁の成果によって、生まれ変わるのである。したがって、私どもは現在この世に生きている間にお念仏生活を続けて、如来の光明により本来持っている仏性(霊性)の種子を育て、霊化・摂化して光明生活を送って頂きたい。
    (臨終のお念仏と亡くなった方への回向念仏は大変大事なことで、お上人は具体例をあげて力説されました)
    「真空に偏せず、妙有に執せず、中道にあって」、念仏三昧を修して頂きたい。
  5. 本日は若い方が来て居られるので申しますが、如来の光明によって私どもの行動・心・運命がすっかり変わり、光明生活に入れます。自力では、なかなか自分の行動、心を制御できないのです。真正面に在ます如来様(ミオヤ様)を信じて、一心にお念仏を続けますと、三身即一の如来様が霊応身として私の心に入り込み、住み、心と行動が明るく清らかになって参ります。そのような信念で、念仏三昧修行、光明生活を体得して頂きたい。
    (以上のように、ご法話を力強く結ばれました。)

三、総回向

導師:金田隆栄上人
弁栄聖者、地蔵寺四世住職・貞照老法尼 及びその他へ。

四、聖歌

「弁栄聖者哀悼曲」「のりのいと」(伴奏:鈴木美津子様、佐野成昭師)

五、主催者あいさつ

近畿支部長・江島秀法上人が、導師上人と参加者にお礼を述べ、2月17日の「弁栄聖者御降誕別時」への参加を要請された。

六、所感(関口)

  1. 導師の金田上人は九州男児らしい率直さで、体験・見聞を通して【十二因縁の重さと、平素のお念仏で如来の光明に照らされて私どもの仏性が霊化して行く事実】を熱烈しかも丁寧に力説されました。
  2. 亡くなられた貞照老法尼は大阪中央光明会の功労者で、戦前から地蔵寺を根拠として活発に別時会や例会を開催されました。清水恒三郎先生、田中木叉上人のご指導によって熱心な信者が育って今日に至っています。

合掌

神戸光明会 11月例会

関口 高

11月26日(月) 東極楽寺にて、講師は八木季生上人(東京・一行院住職、光明修養会顧問)
出席者は12名。(江島秀法上人ほか)

一、念仏三昧

維那:関口高

二、法話

講題「弁栄上人の片影より」

編著者は、千葉松戸の善光寺の前住職・山崎弁誡上人(老ベンカイ)。配布資料は、去る10月、関東支部・教学研修会で用いた。この「弁栄上人の片影」は聖者のご遺稿ではなく、弁誡上人が聞かれた弁栄上人のお言葉、書かれたメモ、弁栄聖者に従って暮らしている間のご様子や印象などを書きとめたご本である。聖者はほとんど年中、全国を伝道しておられたので、弁誡上人に留守番役をお命じになられたのである。

①まず、「又曰く『仏陀が種々の法を以て、衆生を誘引し給ひしかども、実は方便にして、真実に宗教としての衆生教化の法は、此の如来の光明に摂化せられて成仏する外に道あらず。他は只だ斯の真理を示す方便にして、哲学的に其の義を弄せしに過ぎず』と」。
この素直なお言葉は、まことに重みがあり、弁栄聖者でなければ申せない。聖者は、釈尊のお経の文句には衆生摂化の方便(手立て)が多く、自らが如来の光明に摂化されて成仏する外に道はないと、断言されたのである。
聖者は、お経をよく勉強されたが「文献主義者」ではなく「体験主義者」であられたのである。筑波山での厳しい三昧修行のあと、三年間ひたすら一切経全巻(7334巻)を読破された。その時、ご自分の悟りの体験とを一つ一つ比較検討された結果、あのようなお言葉を述べられたものと思われる。
②「又曰く『大宗教家としての釈尊は、聖道的に、汝等自性の清浄を発見せよと教え給はず。宇宙に大なる大光明者を信念せよ。衆生は悉く大なる如来の子たる仏性の卵を具へて居る。報身如来の大光明に摂化せらるる時は必ず大なる親は親近し、ただに親を知見するのみならず、親の全き如く保養せらすべし』と」。
聖者は、人間は、天性・理性・霊性の三性を持っていると申された。天性は動物と同じく食欲・性欲を持つ。理性は人間独特のもので、教育により錬磨されるが、煩悩があるので完全な人格になれない。霊性は仏性であり、人間にとっては仏性の卵の如きもの。自分の力でなかなか開発、育て難い。親様である如来(アミダ様)を信じて「南無阿弥陀仏」と念仏称名を続けることによって、如来の大光明に育てられて遂に仏となるのである。念声是一である。
③仏教を専攻する大学(例えば大正大学)の教育が、現在、文献主義であると私が思うのには理由がある。
一行院では、戦前は春と秋に七日間の大別時念仏会を主として笹本戒浄上人、熊野宗純師をお招きして催していた。毎回約150名が参加し、その3分の1は近くの大正大学の学生だった。今日では光明主義教理を学び実践しようと参加する学生はほとんど無い。文献主義を尊び、体験主義を軽んずる証拠でもある。

三、聖歌

「弁栄聖者哀悼歌」「のりのいと」(伴奏:鈴木美津子様)

四、所感(関口)

この日、八木上人は戦前の一行院でも盛んな大別時の様子をお話されました。

当時私は大学生(大正大学ではなく)で東京学生青年光明会員の一人として一行院の大別時や例会等に参加していました(神戸より上京、昭和12年春から17年秋)。

光明会の盛んな時代で、弁栄聖者直弟子のお上人たちや在家の方々が全国におられて、各地で別時や例会が熱心に開かれておりました。例えば、笹本戒浄上人、熊野宗純上人、藤本浄本上人、田中木叉先生、佐々木為興上人、中川察道上人、中川弘道上人、恒村京八先生、清崎専成上人、鈴木憲栄上人その他。

私ども学生や青年たちは錚々たる先達の方と一緒に念仏三昧に励み、肉声で教えを享受しました。誠に幸運に恵まれた訳であります。しかし残念ながら、元気いっぱいお念仏を楽しんだ学生青年のほとんどが戦地へ赴き多くの方が亡くなりました。光明会としても損失が大きく、戦後の再建に支障が多かった次第であります。私は幸いに無事復員しましたが、一行院で肩を並べて念仏三昧と熱心にご法話を聴いていた友人たちの面影を偲んで、懐旧の念新たなるものがございます。

合掌

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