光明の生活を伝えつなごう

近畿支部だより

近畿支部 平成29年9月

徳本行者二百回忌 隆将元上首上人十七回忌 徳林院別時念仏会

佐野成昭

 5月24日(水)金田隆栄理事長上人のご実弟、佐々木隆晶師が住職される徳本行者の寺、大阪府豊中市徳林院主催にて徳本行者二百回忌及び前住職佐々木隆将元上首上人十七回忌追恩法要の「光のつどい」が開催されました。午前中は、約15名、午後は約50名の出席者で行われました。
 この日の時間割は、主催者の挨拶の後、10時20分より佐野成昭維那により朝の礼拝、念仏、聖歌及びご住職導師のご回向がありました。昼食後午後1時から檀家さんが約40名程参加され、勤行および、一席目金田隆栄理事長上人のご法話、小憩の後、2時より、ジャズシンガー花房ナオミさんの歌声、ピアノとベースによるトリオのコンサートが3時迄ありました。尚、花房さんは、海外チャリティー活動等もされておられ、福岡県の観音寺の尼さんでもあります。
平成24年法の集いや高野山別時・唐沢山別時にご参加の光明会に深くご縁のある方です。
 私が1年前法友の住職にナオミさんの録音を聴いて頂いたら、気に入られ、今回お呼びするきっかけになりました。ご法話とそのコンサートは以下の様に受け止めました。

「徳本行者の教化活動について」の法話
 徳本上人は、名号を種々のサイズに書いて、より多くお念仏を唱えた人に、より大きいサイズの名号を念仏奨励のため配っていました。今回そこに展示のように徳本上人の遺品と名号がありますが、ここに有る掛け軸のような大きさの名号は特別によくお念仏をした人に与えられるものです。100から900回の人は、極小さいサイズで、拝服名号と言われた紙片で妊婦・病人が服用すると良い効果がありました。〈これは、弁栄聖者の米粒名号も同様でした〉それでお念仏の教化を図っていました。何千回、何万回毎でサイズがより大きくなった名号紙片を与えました。
 この徳林院は、徳本上人の弟子が住職をした寺であり、先の住職、佐々木隆将上人は、軍人となった時、徳本上人の名号をいつも身につけていた所、敵の玉が当らなかった。部下も全員、守られた〈江戸時代では、刀から守られた実績があった〉。
 仏教は、簡単です。名号を称えることだけです。私(金田上人)は田中木叉上人に直々教わっています。

「子を呼ぶ大悲の御声が称うる私の声となり
南無阿弥陀仏と我が声に現れ給う御名号」

私〈皆〉の口から出る名号は、仏様です!
お念仏を一日四千回以上は称えて下さい!

ナオミトリオコンサート
 最初にピアノ上村貴子さん本人の作曲「思いでのアルバム」をコントラバスの二台で心地よく演奏されて、良い曲でした。そのメロディーに歌詞をつけると格段に広まりそうな感じがしました。   
 次にナオミさんのマイクが入り、挨拶とトークがはじまりましたが、そのトークは、興味深いものでした。ナオミさん自身が五歳で母と別れた人生を持ったこと、近年尼僧になったことをバックにされた一般向けのトークでした。
 ジャズ発生当時の黒人の辛い生活の中、自然、感謝、愛、そうして共に生きるつながりが内容になった等と曲の解説をしながらジャズの名曲「サマータイム」「この素晴らしき世界」が演奏されました。次に「テネシーワルツ」。
 日本の曲では、九州育ちの中村八大作曲、「黄昏のビギン」・「上を向いて歩こう」で、後者は、全米1位になった有名な曲で参加者と共に手拍子で歌いました。また、服部良一作曲「蘇州夜曲」とナオミトリオオリジナル曲が演奏されましたが、後者は、九州の牛豚の多くが口蹄疫で亡くなった機会に作曲されたものです。簡単な手話付きで感情が一層豊かに表現されて良いものでした。手話が付くと皆との交流と感情の表現が一層増加するのでほとんどの歌につけてほしいものです。
 最後の曲は、「ミダの愛・観音の愛」の歌です。これは、讃美歌で有名な「アメージン・グレース」の替え歌です。弁栄聖者の言葉から選んで歌詞にされたものです。見事に歌い上げて頂き驚きました。これを聴いた元クリスチャンの仏教徒も大変褒め称えていました。
 この度金田理事長上人、ご住職と奥様、ナオミトリオ様、世話役の岩月様に心より感謝申し上げます。合掌

平成二十九年度近畿支部夏期別時会

佐野成昭

 近畿支部主催の夏期別時念仏会が、7月21日(金)2時から24日(月)午前10時まで、3泊4日の日程で行われました。会場は法然上人ご誕生の聖地、岡山県久米南町の誕生寺です。今年は丁度梅雨明け。しかし、湿気と気温は例年より高目、平均気温28度程、ただ夜の外気は冷えました。ご住職と奥様はお忙しそうでしたが、共に暖かく迎えて下さいました。毎日精進のおいしい料理とコーヒー迄提供して下さいました。広い境内の中の大庭前の奥まった静かな部屋は、お念仏には良い環境でした。古田幸隆師の「木魚を揃えて下さい」という声も聞かれず、参加者は全日参加、総勢9名とほぼ少数精鋭で恵まれたお念仏が出来たように思えました。

時間割
 午後の念仏の間に2時半より川本剛空上人のご法話(後述)を2時間拝聴しました。4時半よりお念仏5時半より夕食と入浴、8時より念仏、9時半就寝。
2日目は5時起床、5時半よりお念仏、7時半より本殿参拝。お勤めの後、ご住職より誕生寺の由来についてお話を伺い、法然上人像と対面拝観させて頂きました。
8時朝食後9時から朝の礼拝とお念仏。昼食の後、1時から途中休憩を挟んで5時半迄お念仏。夕食入浴の後、7時から9時迄夕の礼拝とお念仏。9時就寝。
3日目起床は4時半、4日目4時。それに従って8時朝食迄のお念仏の時間は長くなりました。
最終日は、朝のお念仏の後、ご回向、閉会式。本殿参拝後、清掃。8時朝食と茶話会でした。
感想
 今回女性1名が誕生寺別時初参加され、「大変良い機会に巡り合えて良かった」と喜んで頂いたことはうれしい事でした。最後の聖歌「のりのいと」では、ほほを濡らしていたようでした。古田上人の熟練の大木は、きっちり安定していてお念仏し易いこと、別時の会場が良いこと、参加者全員がお念仏に長年慣れ、まじめな人が多いのでお念仏し易かったと思われます。このような御別時は一期一会でいつまで続くか分かりません。今回、古田上人が市販されていない珍しい台湾製ノド漢方薬「八仙果」を持参し、参加者に下さいました。お陰で、念仏発声が良く出来ました。念仏中融けて無くなることはありませんでした。
最後の感想で足の痛みを言った人に対して、最近の「ためしてガッテン」に良い方法が紹介されており、今回実施して効果がありましたと言う意見が出ました。また、礼拝の時立つタイミングは?の質問が出たのでその応答があり、開始前に維那から説明が必要ということになりました。
 今年も予定通り無事御別時を達成出来、如来様、誕生寺様、古田上人と参加者に感謝したいと思いました。
感想Aさん
 昨年初参加に続いて今年も、誕生寺別時念仏会に参加させて頂きました。仕事の都合で誕生寺駅に着いたのは、午後5時半頃で、夏の日はまだ強く、無人駅では燕が巣を作り、たった一人降りた私を迎えてくれました。重い荷物を持って汗を拭きながら田舎道を歩いて行くと、見知らぬ老人が会釈をして下さり、その風景と同様に穏やかな土地柄を感じました。10分程で誕生寺到着、脇を有名な片目川が流れています。
 寺内に入ると参加者の皆さんは夕食をすませ、入浴の時間とのことでした。私もさっそく汗を流し服を着替えてすぐに夜の念仏に参加しました。講師の川本上人、維那大木の古田幸隆師と佐野成昭師三名の御指導により少人数で恵まれた念仏会を受けさせて頂きました。今年は、暑いので冷房を使うとの事、昨年の暑さに負けそうだった私としては、大変うれしい幸先の良いスタートになりました。あっという間に9時になり就寝。2階の私達の部屋は、冷房がありませんでしたが、窓を開けて寝れば充分涼しく、イビキをかく人もいなくて快適に眠ることが出来ました。
 翌日からは、朝4時半から夜9時迄、食事と小休止の他は全て念仏の生真面目な修行が始まりました。お上人方の御指導の賜物で皆さん木魚の音もお念仏の声も良く揃い、気持ち良く修行する事が出来ました。足の痛みが限界に近づいた頃には、立ち礼拝が入ったり、佐野師のバイオリン伴奏で立って聖歌を歌ったりと、お上人がタイミングよく御指導下さいまして何とか最後迄修行を続ける事が出来ました。
 また、誕生寺の御住職は、とてもにこやかな方で興味深い誕生寺縁起をお話し下さり法然上人のお木造本尊仏の御由来が理解出来ましたのは、有難い事でした。直径1メートルはあろうかという梁で組まれた大食堂で心のこもったおいしい精進料理を頂戴し、毎回完食致しました。食堂の入口では、お寺のお孫さん、2~3歳の女の子が可愛い姿で合掌して迎えてくれて、とてもとても癒されました。誕生寺の寺族の皆様にも心よりお礼申し上げたいと思います。
 最終日、朝食の後に皆で感想茶話会をしました。皆さん足が痛かったようで「私だけではなかったな、皆同じだな」と安心した次弟です。生真面目な修行を最後迄やり通した充実感で皆さん嬉しそうでした。
 御指導下さいましたお上人様方に心よりお礼申し上げますと共に、弁栄聖者の広大なる御恩徳に深く感謝申し上げて私の拙い感想とさせて頂きます。
感想Fさん
 4日間のお念仏は足腰がヨタヨタになり正直疲れました。あらゆる感情が湧きおこり、自分のふがいなさに打ちのめされ涙することもありました。最後の日Mさんが「ただここに来るだけでいいと思って来とる。自分はたいした念仏は出来ん。毛穴〈体全部〉からお念仏の功徳を頂いている」脱帽です。その言葉は、帰宅して体が回復して、実感。確かに参加する前の自分の日常と違っている。不思議です。手つかずだった事が片付いていく。毛穴から皆様のお念仏のシャワーを頂いたお蔭でしょうか?〈それと自分の精進両方でしょう〉有難いです。
川本剛空上人ご法話 「礼拝儀」
 この春近畿支部主催の教学兼生誕のご法話に続いて今回は礼拝儀の「昏暮(くれ)の礼拝」について川本剛空上人のご法話の概要は、筆者が次のように理解しました。尚、多くの専門用語が出て来ますが、その直接の意味と定義の説明は、ほとんどありませんでしたので多少筆者が〈 〉で補いました。
 至心に帰命すを除いて、各項目は善導大師の往生礼讃の五悔に似ている。五悔には、1、懺悔 2、勧請 3、随喜 4、発願 5、回向がある。
 随喜に替わって、礼拝儀は、感謝を用いています。
 「至心に感謝す」の「えい気」は、辞書にない弁栄上人の造語です。「えい」は、影(=光)にサンズイ偏の水が合成された漢字です。その意味は聖き・清きという意味です。そして、「気」はギリシャ語の「プネウマ」で神の気、気配、の意味です。空気とか霊と訳す人もあります。
弁栄上人は、霊とか空気とかでは満足せずに「えい気」とされたのかなと思われます。また、「霊性」という言葉をこんな使い方をしたのは、弁栄上人が初めてです。それらの新しい言葉を歌にしていることは、歴史的に特質すべきことです(M.ハイデッガーのように)。空外上人は、「無二的人間形成・各々性」という新しい哲学用語を作っていますが、歌には、作っていないという違いがあります。
 「神聖」は、誰も犯すことが出来ないこと。弁栄上人は「道徳の根源」だと言っている。善とは何かにつき、西洋哲学の最終の答えは、「何か良いこと」であり、不明確である。仏教では、七仏通戒偈で自らの心を清めると明確化している。「念仏とは何か?」は、「法身 報身 応身の 聖きみ名に帰命し奉つる」と弁栄上人が、その内容の全部を驚くほど短くスパっと明確化している。
 最近のニュースで「知らないか?知っていたか?」で長い時間とエネルギーをかけているのは、勿体ないことだ。悪いと気付いているから「知らない」と言う人がいる。現代西洋文明は、理性で世界やものを構成させている。これが大きな誤りである。霊性の方面を怠っている。その結果、原爆被害や公害が起こる。コンピューターや人工知能は、計算の世界だ。計算出来ない世界が重要だ。5年すれば、ゲノム解析でガンが無くなると言っている。ガンで亡くなることの重要性が理解されていない。ガンが無くなれば、寿命が延びる。それが幸福と一致しない〈むしろ、認知症、別病や不幸が増大する〉。
 「至心に懺悔す」では、思うだけではだめで、告白しなければならない。阿弥陀様に。「法身と智慧と解脱の三徳とは、

  1. 法身の断徳「一切の煩悩を断じ尽くした徳」
  2. 智慧の智徳、とは四大智慧のこと。または、プラジュナー(根源的智慧)。禅は、この智慧を無相(壁前)で覚り、我々は、有相(三昧仏)で覚る。無相の究極は、有相であり、有相の究極は無相である。
  3. 解脱は、自由という意。〈束縛・迷い・煩悩から離れて自由になる〉

 仏教では、懺悔の文には、短いものから長いものまで5つある。浄土宗で良く用いるのは、「懺悔偈」で短いものです。一番長いものは「広懺悔」で、懺悔すると阿弥陀様が近づいて来て前に来て下さ作すべき事を怠るの罪」が最近希薄になってきた。教師に対して子供の親は、「迷惑をかけていないのだからいいでしょう」と言う。「してはならないことはしてはならない」とはっきりさせるべきです。
 「悔い改め」はキリスト教的表現です。ギリシャ語では「メタ(超える)ノイヤ」でノイヤは見たり(神に)見られたりとい意味で、見たり見られたりが一体になったその能力をヌース=叡智と言い、平等性智のことです。ヌースは理性とも訳され、理性を超えることが「悔い改め」の内容となります。現実では、原発設備で「作すべき事を怠るの罪」で勝手なことをして、津波被害を増大させたことを「悔い改め」をせねばならない。弁栄上人は先見の明が有る。しかし、日本は、再度計量的思考でその経済効果や数値化を求めて繰り返している。オリンピック効果もそう。〈現代は間違い切っている。価値観が効率、お金や地位優先になっている。〉
「至心に回向す」
回向とは、善行を振り向けること。善行をした人(自作自受)より、受けた人の方の功徳(他作自受)が大きいとお経に書いてある。間違いなく念仏の回向は良く効きます。回向する人によって効き方が変わるかどうかという問題もあるが。
回向には次の3種があります。

  1. 菩提回向…自分の覚りのため。礼拝儀の「永遠の命を与え給え」等
  2. 衆生回向…死者や自分以外のため。礼拝儀の「下は一切の同胞に聖寵を」等
  3. 実際回向…これは、どんなものか知らないが「する人とされる人が空になる」と書かれている。

 回向は、有る意味大乗仏教の結論的なものになる。これを最後にした弁栄上人に深いお考えがあったように思います。
 以上で「礼拝儀」テーマの法話の最終になります。近畿支部主催の平成26年春の弁栄聖者生誕兼教学念仏会から夏期誕生寺別時の年2回続けて来たものが一応終了しました。

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