光明の生活を伝えつなごう

近畿支部だより

近畿支部 平成21年4月

弁栄聖者ご生誕別時念仏会

佐野 成昭

近畿支部主催により平成20年度弁栄聖者ご生誕別時念仏会が、2月15日、京都市龍岸寺にて亀山政臣師(京都市専称寺)をお招きし、27名の参加者にて開催された。弁栄聖者のご縁とみ教えを拝聴し、お念仏しました。

午前10時よりあさの礼拝と念仏、弁栄聖者御降誕歌の聖歌斉唱の後、11時法話、12時昼食、1時念仏と聖歌、如来讃、1時半法話、2時半念仏、回向、聖歌、3時閉会となりました。

午前は亀山師の自己紹介から始まり、光明主義に関わるご縁についての次のようなお話でした。

ご法話

本来在家になるところでしたが、如来様のお計らいによって僧になりました。父は京都市職員で在家でした。祖父は浄土宗の僧で、自分も大学を出たら在家になるつもりでした。しかし、後1年仏教大学で学生を続けて僧の資格を取るように父から勧められました。そうしたら、大学の授業が面白く興味がわきました。

たまたま知恩寺で説教を聴いてその方から感想を聞かれ、話をしている内にご縁が深い関係があることが分かった、というのは、その説教師は通照院(神戸市)の佐橋啓空師で、自分の師僧の寺(京都・阿弥陀寺)と親戚関係でした。両寺とも光明主義で、佐橋師は山本空外上人や河波定昌上人とご縁が深く、五月連休別時に毎年お導師としてお呼びされていたので自分も誘われ参加するようになった。また佐橋師の姉が島根県の三上威文上人のお寺に嫁いでいて、そのお寺は祖父のお寺と近くて親交があり、祖父は山口県西蓮寺の藤本浄本上人の別時に参加しておりました。このように深い仏法の縁に繋がっていたことを知ったことは驚きで大変有難いことでした。

(祖父が亡くなって)祖母が守ってきた専称寺を継ぐご縁が熟しましたが、檀家はほどんどいない小さい寺ですので、老人ホームのアルバイトをして生計を立てました。しかし、今は東洋医学の整体という仕事に切り替えました。仕事を進めるに当たり「足らぬ自分の力では 越すに越されぬこの峠 まもるお慈悲のみ力で 越されぬままに越せてゆく」という田中木叉上人のお歌のように如来様を信じて行きました。また量れないという「アミター」のインド語源のように、自分の計らいを捨てて如来様にお任せして来ました。なお「アミター」は思議できない、つまり不思議という意味と、ワンダフルという意味もあります。

専称寺では毎月近所の人を集めてお念仏会をし始めました。檀家さんは足が痛いながら今は1時間のお念仏が出来るようになりました。東井義雄先生は「本物は続く。続ければ本物になる。継続が大切である」と語っています。続ければ習慣となり、習慣が人格を作る。

午後よりレジュメが配られ、それによって話されました。

浄土宗は今まで「お念仏しなさい」とよく言いました。しかし、光明主義はお念仏したらどうなるかを教えます。弁栄聖者は、「如来様は常に念仏者の真正面にましますという信念が大事だ」と述べます。佐々木隆将上人は、お念仏で見仏を力説されました。しかし自分は、見仏よりも如来様がそばにいらっしゃるという気持ちが大切だと思います。お念仏をして如来様を愛すると私の人格が向上して如来様に似た仏のような人格が育成されり。そこで「礼拝儀」の「至心に勧請す」のように私の心殿に如来様の霊応が宿るようになるのでそうお願いする。そうなると現世がお浄土のように思えてくるようになります。お念仏をしたらどうなるか聖歌「光化の心相」(『礼拝儀』)で次のように示されている。

  1. 清浄光 心が浄化され、姿に表れる。
  2. 歓喜光 悩みが安らいで、心が常に安楽の園に住む思いになり、無限の妙味が感じられる。
  3. 智慧光 無知や無明が明らかになり、三昧に入って真理が悟られるようになる。
  4. 不断光 意志が継続霊化し如来様のみこころを表せるようになる。道徳的な意志になる。どんな場合も姿色を変えない。

このような働きが現れ、求めずして得られる不求自得の功と徳を得て人格が向上する。その向上した人格が霊の存在の証明となる。それを切に願うものです。

最後に聖者の素晴らしい食作法のご文句のように「世のため人のためアナタ(如来)の光栄を顕すよう」になりたいと思います。さらに「アナタに与えられし霊の糧をば我が信念によりて消化し」の「霊の糧」は、食品だけでなくそれ以外に与えられた物や事にも応用され、それらが精神的に栄養となることも含まれると思います。そのように受けとめて実践していきたいものです。

合掌

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