光明の生活を伝えつなごう

聖者の偉業

聖者の俤 No.3 如来のお導き

出典『ミオヤの光』一巻五号一三頁『日本の光』に基づき若干の修正

如来のお導き

てつ女

夢心地の中にはや身は汽車の中にありました。汽車は包み切れない希望と逃れ出て歓びと名状し難い一種の悲哀とに、頭も混乱しそうなこの身を、何の会釈もなく東へ東へと運んで行きます。目指すところは横浜光明寺、山崎上人のお別時でした。

尋ね尋ねてやっと着いたのは午前十時頃でちょうど、お説教の最中でございました。アアあの懐かしいお声。お上人のお話は一寸途切れました。公職に在ってくるはずのない私が突然に参ったのでご不審だったのでしょう。慈悲の弥陀のみ前にひざまずいた時、何とも知れぬ熱い涙が止めどなく溢れ出ました。

夢中で百二十里も彼方の京都からきて、見も知らぬ多くの方々の間にあるこの身の不思議さ。様々の思いが往来してその時はお上人様のお話も耳に入りませんでした。

やがて昼食となった時、ご挨拶申して、感冒のため休校になったこと、東京の生活改善展覧会を見ることを勧められて、こちらのお別時も開けていること故、急に行きたくなり校長に三日のゆるしを受けたことなど、突然に来ることができた訳を申し上げました。お上人はお歓びになって、
「全く如来様のお導きですね」
と仰せられました。これがお導きでなくて何でしょう。自分さえあまり突然の思いたちで、昨日の今頃はここに来ることなど思いもよらなかったことですもの。またも涙が止まりません。

ここは久保山の浮世ばなれした地。西南に面したこの二階から眺めますと富士の霊山は惜しげもなく姿を現して、前は一体の岡、人家とてはなく全く油絵でも見るような景色でございます。朝日の昇ります時は木も岡も片面だけは黄金にかがやいて、富士は薄紫に匂い、世は歓喜と希望の色にひたされてしまいます。日は西に傾いて山の端に近づきます時の荘厳さ。

紫に匂ふ入日のさまなくば
何にたとへむ清きみ国を

うるはしき入る日かがやくさまばかり
清きみくにのたぐひなるらむ

お上人のお歌もかかる景色をお詠みになったのでありましょう。

この景色とこの貴いお別時の空気に私は溶けてしまいました。京都にあってよごれた中に生活しておったことが何だか遠い遠い昔のように感ぜられます。

お説教は一々私の肺腑をえぐりました。
「極楽に行くのではない、極楽がくるのである、歩いて来るのではない、明るくなって来るのである」
アア私はこの宇宙に満ちている光を知らず、倉の内に自らを閉じ込めて苦しんでおったのでした。
「人を殺す罪は最も重い、その内に父を殺し母を殺すのがなお重い。しかし一層重い罪がある。それは己が霊性を殺すことである」
これが平気で聞けましょうか。帰る日もせまってきました。京都の偽物の生活が時々頭にひらめきます。そのたびにゾッといたします。この浄められた心がグループに入ってまた汚れる事はないでしょうか。
「捨てよ、すべての我の心を。殺せ煩悩の己を。草木の実も、己を土に捨てて腐らせるから芽が出るのである。己を殺すから活かされるのである」

このお言葉を聞いてハッとしました。今まで自分が離すまい離すまいと一心につかんでおったので、何だったのでしょう。アア・・・。
すべてを捨てましょう。私は自分が夢を追っておったことが解りました。京都へ帰るべき日も来ております。私は決心しました。今しばらく逗留することにしました。

「私は帰る前に先ず自分を殺さねばなりません。そして新しく力強く生まれてあなた方の前に参りましょう。あなた方の虚偽の生活に沈まないかを心配していた私は、法の灯火をいただいてまいりますから」

私は上人にお供をして真に生きる道を求めて当麻山へ参りました。これも如来のお導きによることと有り難く感謝の念仏を唱えつつ・・・。 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

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