光明の生活を伝えつなごう

聖者の偉業

聖者の俤 No.12 さえられぬ光に遇いて 6

お授戒について(前号つづき)

熊野 好月

浮世を放れた静かな環境で、法にしたがって身を持し、日常と異なった修養の期間を年に幾度か持つ事は、忙しければ忙しい程、責任の重い仕事にたずさわっている人程、ぜひ必要な事だと思いました。東へゆけると見当つけて歩いていく内、どこで曲ったとも気付かぬうちにどんでもない間違った方向に行ってしまったという事はよく人生で経験する所です。このようにまぎらわされやすい私たちに、上人様は、人の心は丁度舟の様なもので、波や風のため、いつの間にか、舳先の向きが変わって来る。如来の光は常にかわらぬ動かぬ灯台のようなものである。いつも変わらぬ目じるしを前におくべきである」と。また、「田に苗を植えるのは稲を作るため、稲を作るのは米を得んが為(藁を作るためではない)その米を得るのは人の命を保つため、人の命を保つのは霊性を発揮するが為で単に肉体を養うためではない。霊性を発揮しなかったら牛馬に異ならない。そこに気付かずして米等の命を犠牲にしながらなお転倒の思いに住するならば即ち地獄道に落ちるであろう。」
ああ私はこのからだを労る為に修養を怠ってはいなかったか、今も尚、睡眠をむさぼり労をいやがって、感覚の快楽の為に身をつかっているではないか。

「口で念仏を唱うるは口の汚れを消すため、心に如来を念ずる事によって自ずと心の汚れは濯がれる。合掌し頂礼すれば如来の御徳を身に受ける。即ち身と口と意が清められて来る」「大念は大仏を生ずる」

「信仰は感覚と知能と感情と意志の上に積った塵垢を濯ぎ、もとの白無垢とし、その上に磨きをかける」

汚れ多私のようなものでも如来様に一筋におすがりして念仏すれば、いつの程にか清められる有難さよ、ともすれば己が心の暗さに無く私の為に次のお諭しをいただきました。

「お日様が出て暗が消えるのか、暗が消えるから光が来るのか、勿論太陽が出て来ればこそ暗はなくなる。煩悩の暗は大ミオヤ様の光明によってこそ消えていく。苦悩をなくして、はじめて心霊の太陽が輝くのではない。」

また次の説は誤りである。

イ・了見をなおして念仏を申せ それは病気をなおして病院には入れというに同じ
ロ・念仏をしても罪は消えるものではない

それは病院に入っても病気は治らぬというようなものである。さにあらず心の病気は念仏の病院に入って心の医師(善知識)のいう事をきき、念仏の薬を飲んで治せというのがよい。わかり切った様で誤りやすい事です。私はこの汚い心を清めてから念仏せねばと思い、こんな心で念仏しても救って下さるまいと思ったり、あせる時などいくら念仏しても自分のような罪の深いものは救われないだろうと思いがちでした。お慈悲深い如来様はただ一心におすがりしお任せし、人ならば笑うであろうはずかしい心の汚れも何一つ隠さず打ちあけてすがるのがよいのだとわかりました。きっとよいように計らわせ給うものをあせってはならぬのでした。

「卵は殻にある内に温められて鳥になる。殻はこわれても中味はひよこである。然し殻の中味が腐っていてはひよこにはならぬ。人もこの肉体のある間、若い内に念仏申して大ミオヤにあたためられ、中味を生かしておかねばならぬ。」「よい藁(体)を作ろうとすれば必ずしもよい実は得られない。よい実(精神)を得ようとすれば自然に藁(肉体)もよく育つ。」

「秋実を結ぶ米は春から手入れを怠ってはならない。種を蒔いたまま捨てて置いて、秋になって鎌を持って見に行っても雑草ばかりはびこっている。いかによい田でも手入れをしなければ雑草のはびこる所となる。昔の聖者はいつも心の手入れを怠らず、精神は弥陀光明に満たされておられたのである。」

ほんとうにいつもいつも大ミオヤ様の光明に満たされて心の手入れを怠らず、注意して雑草を除かなければならぬ私共でした。

「正見とは如来のみ心を心とした正しい見解という事で、正義は正見によって行う事である。正見は眼であり正義は足である。」

「正見と良心、この二つはほとんど同じものであるが、良心はともすれば世の風俗習慣に支配される。たとえば清僧が魚肉を喰えば良心に責められる。習慣に規定されている、相対的の善悪である。正見は然らずつねに如来の神聖な光によって行いが真理にかなうや否やを照らされる」
「人をあざむいて地獄に落ちるのではない。自らの正見をあざむく、そこに罪がある。」

人の事ではないのでした。人をあざけるも、またいつわるも、丁度天に向かって唾するようにすべては自分にかえってくるのでした。
「自分の快楽を貪る為に物を殺す、実は他を殺すのでなく、己が仏性を殺すのである。即ち慈悲心敬順心を失う。殺す事が習慣となればついには殺す事を何とも思わなくなり、人間の資格である最も尊い「仁」の心を殺してしまうこれが重い罪である。」
そして物を殺すという意味は、生き物はもちろんお茶碗等の器物等に至るまで、その使命とするはたらきを壊し、未だ役立つものを粗末にし、あるいは自他の尊い時間を無駄にし労力を浪費し、粗末にする、これ等はすべて広義の殺生であるという事に思い到りまして、私は生来そそっかしく不注意で過ちばかり繰り返し、物を壊した事も数知れず、平気でありました事、皆自分の霊性を殺す大きな罪である事に初めて気付き、また粗雑な心の為に自他の時間と労力を粗末にしている我がすがたを情けなく思いました。

長い間に習慣づけられていてあたかも賽の河原の石をつむようにまたしても崩されるのでした。牛馬は人を殺しても罪を感ぜないように、己が心が劣っておるが為に罪を犯しながら平気であります。心霊の太陽に照らし出されるに随って心の塵が微に入り細に渡って見えて来て、清めずにはおられぬようになって来る。ただ大ミオヤ様に帰命し奉る事によって、それが完全に出来るのである事に気づかさせて戴きました。

「その日その日の事をかえりみて懺悔すべし。しかし、三昧に入る念仏の時には、そんな事は考えずただ如来のお相好、面影を思うべし。煩悩が起こればただ如来様と相談すべし」

これは平生のお念仏の場合には懺悔とか感謝とかの心を最も重要な要素として心霊上にお育てをうけるのであるが、それは、相対の世界に於て必要なのであって、一応は大切であるが、然し別時三昧を修する場合などに於ては、至心帰命こそ絶対唯一のものである事をお教え下さったのだという事は、ずっと後になってやっとわからせていただきました。

「ある所に華族さんがあった。実に幸福に平凡に一生を過ごされた目出度し目出度しとこういう筋書では芝居としては一向面白くない。色々悲しい事や波瀾のある生涯こそ、もらい泣きしつつも面白がるのである。しかしこれが自分の場合は、生死の悲喜劇は好まずして平凡なのを喜ぶのである。。」と、また、「部隊面では下男の役をつとめていても、楽屋に入れば千両役者もあり、舞台で殿様であっても楽屋ではつまらぬ役者もある。けれど見物人はただ「この世という舞台面だけを見ているのである。」と。

成程演劇と実際はちがうものだと感ぜさせられました。人生の舞台で色々の役割をもって現れている我々はともかくこの世だけをみて幸福な人よ、不遇な人よ、金持ちよ、貧乏人よといっている。真のその人の価値は身分の高下や貧富の差などで決まるものではないという事を悟らせて下さいました。

「仏の境界は超感覚界である。目をつぶって無想となる時、ただ何もなく、あるは心のみ、すき通る精神、微妙の境界」
「一微塵の中にも十方の世界を含む、一切が一に入る。たとえば夜、天を仰いで星を見る時、この小さな眼の中に無数の星が入る如くである。また一が一切に入る、月は一ながら、あらゆる世界の人の眼に入る。十軒の家から同時に招待された時、その内いずれか一家に行くようなものではない。」
「結局宇宙の事は辺ありや、無辺なりやは問うべきにあらず、ただ証入すべきのみ」
実に広大無辺のだい宇宙、大ミオヤのみ国、さとりの境界は、幼稚な私ごときものの到底想像も及ばぬ事でした。その深微妙の仏境界を説き給う聖者のこの世ならぬ神々しき御姿を、お伽噺をきく子供のように、ただうっとりとして眺めつつ、拝聴した当時の心を思いなつかしむのであります。

「向こうの方はよく見えて、行って見ればその価値なく、失望する。」これを経に「渇した鹿が水を求めて陽炎を追うが如し」と説かれた」
このお言葉こそその当時、事毎に幻滅を感じ、いたずらにあがきもがいておった私の急所をつかれたのでありました。心さえ開けばここのこのままが理想境であるのです。

私達は本堂からお室に下ってからも少しもおそばを離れず、むさぼるようにお話を伺うのでした。ここでは大学の先生も女学校の教師も、まるで無邪気な子供心にかえらされてしまって、時に面白いお噺や寓話などをきかせて下さるのでした。

「昔ある国に臆病な王様があった。毎晩、お墓の方から「王様ー王様ー」と呼ぶ声が聞こえて来るので、非常にこわがって、誰かその声の正体を見届けて来るものはないか、といって沢山の褒美を約束されるが、皆恐ろしがって誰も行くものがない。声はしきりに聞こえ、段々大きくなっていく。ついには夜になるとその辺りはだれも行くものもなく、王様は恐ろしくて夜も眠られなかった。此処に非常に貧乏な、然し大変勇気のある男がおった。私が見届けてまいりましょうといって、ある夜、声のする方へ近づいて行って、一体お前は何者であるか、何故王様をよぶのであるかと尋ねると、声の主の言うには「私は地中に埋れている宝である。世に出たいと思って王様を呼ぶが、王は恐れて来てくれない。

私はもう臆病な王のところへは行かずお前の所へ行くから、七つの蔵の戸を開けておいてくれ」という。その通りにして男は非常な宝を得た、そして王の所へいって「声の正体をつきとめて来ました。もうあのような声は致しません」といってまた、約束の褒美をたくさん戴いたということである。そのようにすべて勉強でも、勇気をもってやれば必ず自分の宝となるのである。」

このお話は全く私の為にして下さったように思いました。生来臆病者でむずかしい事や知らぬ事には恐れが先に立って、なるべくこれを避けようとし、触れまいとし、折角自分の宝となるべき事を取り逃がしてばかりおりました。勇気を出して、未知の事やむずかしい事にでもぶつかって行ったならば今こんな憐れな、貧弱な姿を曝さずにすんだであろうにと、かえらぬ悔のみが先に立つのであります。前車の覆るを見て後車の誡めとなりとやら、私はお若い方々が、私の今の悔を繰り返されるような事がなく、何事にでも勇気を持って進んであたり、体験し知能の倉を満たされるようにと祈念してやまぬのであります。

(次号へつづく)

註1 賽(さい)の河原:子どもが死んでから行くといわれている、冥途(めいど)にある河原。子どもの亡者(もうじゃ)はここで恋しい父母のために小石を積んで塔を作ろうとするが、何度作っても鬼が来てすぐこれをくずしてしまう。そこへ地蔵菩薩が現われて子どもを救うという。転じて、「賽の河原の石積み」は無駄な努力の喩えとなった。
一説にサイはサヘノカミ(道祖神)のサヘから。もとは小石を多く積んだ墓地のことをいい、それが賽ノ神と関係があったところから。『日本国語大辞典』
註2:経『正法念処経』等が出典
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