光明の生活を伝えつなごう

聖者の偉業

聖者の俤 No.94 乳房のひととせ 下巻42 聞き書き 其の十三

乳房のひととせ 下巻43

中井常次郎(弁常居士)著

◇十三 聞き書き 其の十二〔つづき〕

十月十六日~二十日
知恩院勢至堂別時会説教

(五)月影の到らぬ里は無けれども
    ながむる人の心にぞすむ(法然上人)

宗教の目的
わけのぼるふもとの道は多けれど
    同じ高嶺の月を見るかな(伝一休禅師)

 この歌の通り、法性常楽の涅槃を得るのが宗教の目的である。仏法に八万四千の法門あれど、凡夫に向くは念仏の一行あるのみ。我々が動物生活をして地獄に堕ちるのを哀み、仏は我等のために念仏の法門を選んで下さったのである。
 生活に大切なものほど安い。日光は電灯やロウソクよりも安くて明るい。そのように、凡夫がたやすく助かる法は易い。最も易い法が最も高い。そのわけを知らぬから信じ難いのである。最勝にして最易の法門を発見する事は難しいけれども、発見すれば行い易い。かかる易くて勝れた方法見つける為に、お釈迦様やヤソ〔キリスト〕は苦しまれたのである。
 人生の目的は如来の光明を受けるにある。今の学者は自分等が造るロウソクの光でなければ、光で無いように思っている。それは迷いである。

(六)第十八願――至心信楽欲生

 信心にはまごころが大切である。まごころをもって如来を信ぜよ。知、情、意の三つをもって信ずるのである。信じ切った上は、自分の全部を任さねばならぬ。そうすれば、如来の総てを受ける事ができる。自分に都合の良い時だけ頼むというようでは帰命でない。片足だけ入れたのでは信心にならぬ。
 愛の信仰には感情的に温味がある。信仰が更に進めば、欲生とて意志の信仰になる。即ち仏と成りたいという心が強くなる。
 疑わぬというだけの知的信仰では、有難味や温味が無い。ただ悦ぶのも信仰なれば、願作仏心も信仰である。信仰生活は進むものである。いつまでも変らぬようなものは生きていない。生きているならば、いつまでも胎内にいない。生きた胎児は小児となり、大人と成る。信仰も同じ事である。
 信は心の相である。天の日は澄んだ水に映る如く、信仰ある人の心に如来の影が射す。信仰により、如来の慈悲が我が心に燃え移る。牛馬に、天地の恩を感じさせる事ができない。その代わり、一日の働きに対して給料が少なくても怒らぬ。人間になれば、初めて天恩を感じ不平もいい得る。科学者は人も犬も同様に見ている。
 人間を生理学や解剖学から見れば、元祖大師も吾々凡夫も同一である。しかし宗教から見れば大変違う。新玉は光を反射せぬけれども、研けば皓々と輝く珠となる。野生の人即ち動物的人間には、如来の光明を反射する能力が無い。牛馬と異らぬ。
 信心に十階あるけれども、今は仰信、解信、証信の三階に別けて述べる。
 仰信は初歩であって終わりである。この中にねうちが有る。ま受けすれば、十分なる力が与えられる。仰信から解信、証信と進むのであるが、証を得るのは一部分である。一分の証を得てから初めの仰信に帰るのである。
 解信に二種ある。未だ信仰に入らずして、哲学の如きものにより、理を悟るのが一つ。また、宗派内の解信とて自分の領解を求めて許を受ける流儀もある。何れも道理上の信である。
 理を考えると如来の慈悲は入らぬ。理屈の為に邪魔される事が多い。一心一向に信ずる方が慈悲を受けやすい。食物の栄養価や消化作用の理論を聴いたとて、食物の味わいを感ぜず、養いにもならぬ。理窟は知らずとも、好きなものを食べると、おいしくて体の養いになる。信仰も同様である。理窟ばかり聞いて喜ぶようではいけませぬ。

(七)我はただ仏にいつか葵草
    心のつまにかけぬ日ぞなき(法然上人)

信仰の形式と内容
 仏に同化融合した事を信仰の内容ができたという。念仏していれば、次第に如来の御心に叶うようになって来る。
 感情の極は言葉で表わされない。「ああ」という感投詞になり、歌でややその心が表わされる。この歌は、仏おもいの心を詠んだものである。
 法に念仏と見仏と観仏と有るが、この歌は念仏を詠んだものである。観仏は理性を鎮め、心を澄まして仏を映す法である。念仏は感情的に如来を念うて救われる法である。親子の情を進ませる処に念仏の暖味がある。理性を澄ます観仏には暖味が無い。
見仏
 自分の力で、どうかして仏を見てやろう、というような心持ちでは、謙遜の徳を欠く故に宗教とならぬ。自分は地獄に堕ちるより外に道が無いけれども、如来は救って下さる。「有難い」とお慕い申せば、次第に如来のお徳を受ける。何となく、お目にかかっている思いがする。信仰が進めば、仏が見えなくとも仏前にある思いがする。これを帰命相という。仏の実在を疑えば、仏名を称えても、念仏とはならぬ。信仰は愛と敬と平行すれば健全である。愛は引き、敬は距てる。

(つづく)

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