光明の生活を伝えつなごう

光明主義と今を生きる女性

光明主義と今を生きる女性 「さえられぬ光に遭いて6」を読んで

山本 サチ子

 ひかり誌に連載されている2024年1月号の「熊野好月」尼著『さえられぬ光に遇いて』の「聖者のみ手に惹かれて」を読んだ。
そこに、次のような弁栄上人と好月尼との対話が記されている。 
 私〔=好月尼〕が当初そうであったように、念仏するという事はあまりにも世の人々に悪い先入観がしみ込んでいます。念仏を申す身となって後も、なおこの先入観が素直に無心になる事を妨げました。
 あるとき弁栄上人に「このみ教えこそ万人等しく要望する最も自然な、最も優れたもので、ぜひすべての人々に伝え弘めたい心が切に起こりますが「南無阿弥陀仏」と申すことばはあまりに世人に嘲りの感や縁起の悪いもののように思い込まれておりまして非常に伝導の障りになります。同じ意味で新時代に適した、代わった唱え方をお考えになったらいかがと思います」と申しますと、上人様はお笑いになって、やがて、「やはり南無阿弥陀仏ですね」とただ一言仰せられました。その時私は返すべき言葉もなく心を打たれて襟を正したのでありましたが、今になってこのお言葉を実に貴く、味わい深く感じ、やはり「南無阿弥陀仏」よりほかはないと思うのであります。 

〈環境に育てられ〉

 このお二人の対話は衝撃的であった。私には好月尼の様な意見を言える勇気はない。比較することなど恐れ多いことだが、これは生い立ちの違いが大きいのではないかと思う。南無阿弥陀仏には意味が込められているのだから…
 私の生まれ育った所は山林と畑に囲まれた素朴な田舎町であった。私は小さな田舎の寺院に生まれ育ち、それが現在の自分の土台作りになったと考えている。
 朝、本堂で父のお経をあげる声がする。寝床でお経を夢心地で聞き、「終わった」やれやれとまた寝込んでしまう。そんな日課であった。そして私も少しずつではあるがお経を覚えていった。
 
◆朝のお勤め
1.香偈「願我身浄如香炉 願我身如智慧火  念念焚焼戒定香 供養十方三世仏」、三寶禮、三奉請、懴悔偈、開経偈、仏説無量寿経、四誓偈、本誓偈、十念…と読経が続く。

 そんな環境で育ち、父からは毎日の様にお釈迦さま、善導大師、法然上人の話を聞かされて育った。父はあるとき芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を熱心に語って聞かせた。
 なぜか私はその話を聞くことが妙に魅力的で少しも嫌とは思わず、むしろワクワクしたくらいだ。 
 夕食後は、三人の兄たちが床の間の前に座った。父の後ろに、横一列に並び一斉に読経が始まる。長男と次男は何事も真面目に務めた。だが三男坊の兄だけは側にいる兄をつついたりクスクスと笑ったりと、全くやる気が無いのである。そんな三男坊は食事だけは一番大食いであった。
 
 兄弟姉妹が多い家族であるが、父の話には全く興味を示さない者もいた。中でも長女はとても父に反抗していた。
 「お釈迦様の話は耳にタコが出来ている。もうその話はしないで欲しい」と長女は父に迫った。父は「全く仕方のない娘だ」とぼやいていた記憶がある。
 二人の関係はそんな風であった。だが両親が高齢になったとき、不思議なことに長女は勤務していた小学校教諭職を早期退職した。退職後は父を母の入院する病院まで毎日送迎し面会させた。90歳の父を最後まで看取ったのも長女であった。
 

〈刷り込み〉

 好月尼の言葉は私にとってあまりにもショッキングな言葉に感じた。同時に何と勇気ある振る舞いなのかとも思った。私などには思いもつかない言葉であったし、たとえそのように感じたとしても自分には意見を言う勇気も無かったであろう。好月尼の、前向きで伝道に対するひた向きな精神は見習うべきである。やはり在家出身である方の考えは画期的な発想だと思った。
 そのことが私の頭から離れない。好月尼の言葉から、更にどうすればよいのかを投げかけられた気がする。
 
 寺で育った私にとっては「南無阿弥陀仏」を疑う余地はない。南無阿弥陀仏は最高であると信じて疑わない。自分には「南無阿弥陀仏」の他はないと思っていた。幼い時から私は父に南無阿弥陀仏を刷り込まれていたのだ。父は何をするにも南無阿弥陀仏であったのだから…
 南無阿弥陀仏は当たり前のことであり、少しも疑問に思ったことが無い。それが当たり前と考えることはそこから先何か違った発想を展開する余地がなく疑問もおこらない。先の考えは一つも無かった。信じることは悪いことではない。けれども自分の生い立ちの環境をもう少し客観的に多方面から物事を捉えて見極めていくことも必要であった気がしてならない。

〈結び〉

 私自身、伝道に関しては常日頃から「今のままで良いのか」と疑問を感じている。南無阿弥陀仏は有難い。生きる糧になる。どうすれば世間にもっと普及させることが出来るのか? 
 私は先人の思い悩んできたことを歴史が解決してくれるであろうと傍観したくない。現状では確かに光明主義を広めることは困難に近い。けれどもこの状況で今のまま次世代に引き継ぐことは危険でもある。針の穴を通すような小さな努力でもせねばならないのではないかと思う。一人でも多く会員を増やし、教義を世の中に普及させながら次世代にバトンタッチしていくことが賢明である。現代は多種多様の世の中で特に若者を取り込むことは大変難しくなってきている。従来の方法では納得させ動かすことはむずかしい。これからは新しい企画を熟考し実行していくことが要求される。そこを皆で検討していく必要があるのではないか。
 今は小学校1年生からタブレットを使った授業が取り入れられている。若者を取り込む方法としてインターネットを視野に入れた活動が必要だ。為先会が行っているユーチューブでの発信は良い方法だ。さらに世に遍く行きわたるように発信を広げて欲しい。
 この先、もがけばもがくほど幾多の困難に出会うであろう。
 光明主義を広めることは益々大きな覚悟が必要になる。そこを目指して進むためにはどうすれば良いのか日々問答している。 
合掌

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