光明の生活を伝えつなごう

光明主義と今を生きる女性

光明主義と今を生きる女性 法句経『ダンマパダ』

山本サチ子

学生時代

 東京の5月の空はとても暖かく外出日和でした。その日、岩手県から東京へ出てきている従弟から電話がありました。今日父が上京しているので私に一緒に会ってもらいたいと言います。久し振りの親子の対面だから私は行かない方がいいのではと誘いを断りました。けれど彼はいや親父さんが私を同伴で来いといっていると言います。それではと私達は山手線の巣鴨駅で待ち合わせをしました。従弟は大学3年生、私が入学したばかりの一年生の時のことです。私達三人は秋葉原にある神田寺へと向かいました。叔父と私の父は友松円諦先生の所で旧制中学と大学を卒業をするまで東京の深川にある先生の寺(安民寺)で小僧をしていました。

神田寺にて

 友松先生は書斎から二冊の書物を取り出してきました。それを私と従弟に渡し、これは法句経『ダンマパダ』(友松円諦訳)という経典です。お釈迦様が述べられたことが書かれたものです。君達にこれをプレゼントします。まずこの本の法句経の『第5番』を開いてごらんなさい。「じゃあ、君この詩歌を読んでみてください。それから英文訳も独唱して」と私に言います。そこにはこんな詩歌が書かれていました。

まこと、怨みごころは 
いかなるすべをもつとも
怨みを懐いだくその日まで 
ひとの世にはやみがたし
うらみなさによりてのみ 
うらみはついに消ゆるべし
こは易らざる真理なり

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この世においていかなるときも多くの怨みは怨みによっては決して止むことがない。怨みを捨ててこそ止む。これは永遠の真理(法)である。

 友松先生は「法句経」はお釈迦様が書かれた詩歌集であり仏教書として優れた書物である。「法句」とは間違いなく「法」の言葉を集めたものの意ですが、すべて「詩」になっています。ダンマが「法」、パダが「句」です。お釈迦様が自分の関心を持たれたことを詩に託して伝えられたものです。先生の解説は続いて、法然上人にまで及びます。
 法然上人は父親の怨みを仇討ではなく仏門に入られ心の問題を解決しようとなされたのでしょう。ここが法然上人と父上様の偉さなのですよ。友松先生の語りは益々に熱を帯びてきました。
 ともかく君達は東京という大都会にでてきたのだから今までとは環境が違うけれど健康に気を付けてしっかり勉強をしなさい。それと神田寺ではビルの三階が勉強をする部屋になっているから毎週水曜日に英会話教室を無料で開いている。女性教師だがなかなかの実力者だから毎週五時からの授業になるべく参加しなさいと受講を薦められました。
 先生は私達に食事などにも誘ってくださり親交を深めてくださいました。私は一年半位英会話に通いましたがアルバイトを理由に止めました。今考えるともっと続けたらよかったのにと自分の浅はかさを悔いるばかりです。
 いずれにしても「怨み、辛み、憎しみ」の問題は人間の生活の中で最も根源的な問題であると思う。小さな怨みも大きく増幅していく。周囲の問題から大きくなると国の問題にまで発展していく。そこから戦争だって起こり得る。そのように考えてみると人間の心に潜む「怨み」と言う問題は大きな意味合いをもたらしていく。私は友松先生がおっしゃられたように法然上人の「偉さ、賢さ、大きさ」なるものが量り知れないものであると感じます。自分一人ではなく、多くの人々(衆生)に救済をもたらしてくださいました。
 求道者から救済者に変わっていかれたところにすごさがあると思います。平等で対等な手を差し伸べて、それらの人を包含するような生き方を貫いた。「怨みを超える」ことは尋常にできるものではないと思う。ここに法然上人の尊さが伺えます。
 釈尊。法然上人、山崎弁栄上人と、いずれの御方もある意味で異安心であったのだと思います。世間は世の中に同調しないと「異安心」として片付けるきらいがある。しかしそれに少しも態度を崩さないところに聖人としてのすごさがあります。隠遁することなく常に衆生と向き合って仏教を広めたまさにここのところに生きた大乗仏教が現れているといえます。信念を貫く強さは聖人と言われるお上人様方の持ち味であると考えます。自分を見失った人間の不幸、ものに拘る不幸せ等、こうした「法句教の講義」のことばは現代にも当てはまります。そしてまた「浄土宗」という「宗派」への拘りを捨てて、自由な「神田寺」を創建したのが友松円諦先生でした。その方向で考えると友松先生も異安心の要素が伺えます。昔、私の父は友松先生の興した真理運動の月刊誌『真理』を読んでいました。先生の多くの出版書についても話してくれていましたがまだ子供であった自分にはぼんやりとしか覚えていません。これからでももっと友松円諦先生の著書を学んでみたい。
 私などは時には「世間が自分をどう見るか」とそのところに気を取られて自分の意志を現わせないことがある。越えられない問題がここにあるのです。
 人生、反省するばかりではかえって寂しい。私に法句経『ダンマパダ』を知らしめてくださった友松円諦先生の御教えに少しでも叶うようにしていきたい。若い時には友松先生に何一つ感謝の気持ちをお伝えすることができなかったことが悔やまれる。しかし先生がご自分で「真理運動」をなされていたあの情熱をこれから少しでも見習い人生の励みとしていけたらなと考えています。  

合掌


友松円諦先生
1895.4.1~1973.11.16 仏教学者。大正大学教授,慶應義塾大学講師を歴任。仏教学を講じながら真理運動などの宗教運動を興し、1947年に神田寺を創設。 54年に全日本仏教会初代事務総長となった。主著『法句経講義』(1920.5.1)

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