光明の生活を伝えつなごう

光明主義と今を生きる女性

光明主義と今を生きる女性 「七五三」~七歳の儀式に思う~

山本サチ子

 四姉妹の一番下の孫が七歳の七五三を迎えた。これまで深く考えることもなく我が子や孫の七五三のお祝いをしてきました。けれど今年、この末っ子で七歳のお祝いもおしまいだと考えたら、今さらですが本来の意味を改めて調べてみたいと思いました。その由来や意味については、案外知らないままこれまで過ごしてきました。ネット上には次のような解釈が載せられていました。
 七五三(しちごさん)とは、七歳、五歳、三歳の子どもの成長を祝う日本の年中行事であり、神社・寺などで「七五三詣」を行い、報告、感謝、祈願を行う奉告祭です。 
 七五三の由来は平安時代に行われた、三歳の「髪置き」、五歳の「袴着」、七歳の「帯解き」の儀式にあるといわれています。
 昔は子供の死亡率が非常に高かったため、このような節目に成長を祝い、子供の長寿と幸福を祈願しました。医療が発達した現代でも、子供を思う親心に変わりはなく、七五三という形で受け継がれてきたのです。
 ざっとこんな解説でしたが自分で考えていたこととほぼ一致します。
 先日、川越の氷川神社へお参りに行きました。人の多さは想像以上で従来よりも明らかに人出が多い気がしました。駐車場が満車だったため車を近くの有料駐車場に駐車しました。境内の中の受付は混雑していて会場に入るために更に並ばなければならなかったのです。どこが一番後ろの並びなのかさえ探すのに苦労したほどです。儀式は従来とは執り行う方法が変わり、部屋ごとに区切られていました。儀式の部屋に入場すると、壇上で宮司さんが下の列に子供達を並ばせて一人一人に名前の確認をして手を挙げさせます。それから子供達に話しかけるのです。大きくなったら何になりたいか? 今やりたい事などを質問します。私は最初これは子供たちが躊躇するであろうと予想していたのですが、全員ハキハキ答えていたので感心しました。きっと幼稚園や保育園で身に着けてきたのでしょう。宮司さんの語りかけが続きます。まるでショーを観ているようです。儀式の終了後に七歳の孫は「巫女さんが可愛かった」と言い、五年生の姉は「宮司さんのお経が短くて良かった」と言ったので大人は笑ったり感心したりでした。
 これまでは大勢の子供や親たちに宮司さんが長い教文を読み上げお祓いをする方法がとられてきました。しかし今年はこれまでとは違っていました。コロナ禍の件も考慮して時間が縮小されたのかもしれません。コロナ禍の続く時期ですが、この地域では七五三の儀式は非常に盛り上がりを見せています。
 それにしても子供の成長の速さには驚きます。四女はつい数年前まで、よちよち歩きで必死に上の姉の遊び仲間に加わりたくて眠さを堪えて遊んでいた印象が強いのです。その思い出はついこの間のような気がします。食いしん坊の彼女は唐揚げを口にほおばり両手にも唐揚げを握り締めながらバタンと倒れて眠ってしまうことも度々ありました。月日の流れは速いものです。私は時々両親が忙しい時にピンチヒッターとして応援に出向いています。子供の世話をさせられることが私にとって元気の秘訣なのでしょう。大変さの後には充実感も湧いてきます。

〈子供の声〉

 受話器の向こうの声が騒々しい。「また里芋の煮物作ってね! それからカボチャとゴボウの天ぷらまた食べたい。それから、それからぁ、かつ丼もね」…と孫にお願いされます。「ハイハイ」と調子よく返事して娘宅にイソイソと通う私なのです。
 私の子育て時代は夜、床に就く前に「明日もこの子たちが熱を出さずに保育園にいけますように」…と如来様に手を合わせることが日課でした。毎日願い事ばかりされる如来様も大変だったことでしょう。今では毎朝温かいご飯とお茶を仏壇にあげることが日課であります。家族が、そして周囲の者が皆如来様に感謝申しあげて南無阿弥陀仏を称える人に成長してほしいと日々の生活に願を込めています。けれど子供は学年が進むにつれ南無阿弥陀仏を称えることが減ってきています。そんな子供達に私は言います。「こころで南無阿弥陀仏を称えなさい。いつでもどこでも南無阿弥陀仏ですよ」…と。
      

〈保育園の子供たち〉

 自宅から二〇メートル位離れた場所に(社会福祉法人)の保育園があります。ちょうど保育園は道路の交差点の側にあり、交差点の反対側の菱形の土地はミニ公園のようです。植木や花などが植えてあります。そこには切り株風のイスが五脚取り付けられていて、よく散歩中のお年寄りや子供連れのママさん達が休憩している姿が見られました。けれどその空間が夏から秋にかけて草が生い茂り椅子はすっかり見えなくなっていました。ずっと見て見ぬふりをしていたのですが、あまりにも草丈が高く、それはまるでジャングルのような景色です。生ごみを出す朝、私はついに大きな袋を抱え必死に草むしりを始めました。夢中で作業をしていると道路をへだてて建っている保育園の中から十人位の年長さんらしい子供たちが「こんにちは、おはよう」と大声で叫んでいるのが聞こえます。あまりにいつまでも声が続くため私は周辺を見渡し「誰に叫んでいるのかな?」とあたりを見渡したけれど誰もいません。「あれ! 私に言ってるのかな」…と思い「おはよう!」と大きな声で軍手をした両手を振りました。すると数人の子供が「ああ、気が付いてくれたよ! 手を振ってるよ。」と言う声がします。何度も「おはよう! こんにちは!」の挨拶を交わしました。ささいなできごとでしたが私はこの数分間の出来事が何だかこころがとても温まり胸がキュンとしました。「如来様!すてきな時間をありがとうございます…」と私は思わず合掌していました。

〈結び〉

 ある日の昼過ぎ、娘宅の庭で背中をポンと後ろから叩かれ、驚いて振り向くとそれは孫の友達でした。「庭でサクラちゃんと(6歳)遊ぶ姿が見えたから寄ってみたの」と言います。懐かしい顔で微笑んでいるその子は、小学生の時に毎日、雨の日も日曜日も休まず娘宅に来て孫たちと遊んでいた子です。フーチャンと呼ばれていたその子は中学生です。私はまるで自分の友人であるような錯覚にとらわれた気分でした。「部活はバトミントン部で楽しいけれど勉強は駄目だー」と口早に言ったので二人で笑ってしまいました。こんな若い子供たちを見ていると何だか自分も若くなったような気持ちになり元気が出ます。これからの未来ある子供たちに何とか幸せになって貰いたいと願う気持ちが起こります。幸せは自分で築いていくものかもしれないが、大人は健全な社会を築き上げる義務があるのだと思う。私は「今自分にできることって何かな?」と自身に問うてみました。私は何も出来ない。けれど家の周り一面に咲かせた花は通る人が喜んでくれている。大輪のバラの花、十種類以上の菊、コスモス、シクラメン、芙蓉等の咲く庭はチョットした花園です。行きずりの人々が花の名前を聞いてきたり、種子を分けて欲しいと願う人もいます。無力な自分にはお花で人を楽しませる、それくらいのことしかできないのだなあ。ちっぽけだけれどもお花は人を幸せにするのだからまあこれもいいかな? と自分を納得させている。とまれ、南無阿弥陀仏の声に心を託して今日も元気いっぱい生きようと思う。      合掌

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