光明の生活を伝えつなごう

光明主義と今を生きる女性

光明主義と今を生きる女性 No.55 ずっこけ骨折体験記

内藤 規利子 2月の終わり頃、娘が習い始めた『クレイクラフト』の生徒の作品発表会があるという。「お母さんが見てこういうのがいいと言えばそれを作ってあげるから見に行かない?」と誘われ楽しみにしていました。「駐車場の都合があ…

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光明主義と今を生きる女性 No.54 三つ子の魂・・・お念仏のご縁に感謝して

佐藤 蓮洋 先月号のひかり誌に植西さんが「関東支部主催 親子別時」を丁寧にまとめてくださいました。 私は始めての参加、しかもスタッフの一員としてお手伝いさせていただきました。このお別時でいろいろな方とお会いさせていただき…

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光明主義と今を生きる女性 No.53 颯田本真尼を巡る旅(四)

菅野 眞慧 本真尼縁のお寺は、愛知県西尾市の徳雲寺と、もう一つ、神奈川県藤沢市鵠沼にその名も、本真寺というお寺があります。 本真尼59歳の時、細川侯爵夫人糸子氏が、関東の布教の拠点となる様、本真尼に土地を寄進され、「慈教…

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光明主義と今を生きる女性 No.52 颯田本真尼を巡る旅(三)

菅野 眞慧 馬渡島の100年法要後、全国に本真尼の足跡を辿ってみようと決めた私は、本真尼の存在を教えてくださった坂上先生に連絡を取りました。翌月に三河教区で、浄土宗教学院の公開講座が開催され、「颯田本真尼の布施行」と題し…

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光明主義と今を生きる女性 No.51 颯田本真尼を巡る旅(二)

菅野 眞慧 平成24年2月18日、2回目の馬渡島(まだらじま)渡航は思いがけないご縁を頂き、お坊さんとして、馬渡島の「大正7年宮の本大火100周年法要」に参加することになりました。車を、名護屋港に停め、馬渡島行の船に乗る…

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光明主義と今を生きる女性 No.50 颯田本真尼を巡る旅(一)

菅野 眞慧 颯田本真尼(1845~1928)は、地震、津波、火災、などの災害に際し、救援物資をもって真っ先に現地に駆けつけ、被災者を励まされ、すべてはお念仏の結縁の為にと、84年の生涯で日本全国23都道府県、6万戸の救済…

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光明主義と今を生きる女性 No.49 時を駆けた女性─颯田本真尼の偉業─

植西 武子 本真尼との出会い 平成24年11月30日、期せずして愛知県・碧南市の法城寺を訪ねたとき、住職の斉藤(石川)乗願上人から法城寺と弁栄上人のご縁についてお話を伺いました。その中で当時、当地で非常に活躍されている尼…

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光明主義と今を生きる女性 No.48 私の光明生活 其の三

田代 悦子 平成20年の10月・11月号に一度掲載させて頂きましたので、今回その続きとして書かせて頂きました。 新しい年を迎えて 平成26年も恙なく迎える事が出来ました。日頃、2人暮らしの我が家に、2日から長男一家、3日…

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光明主義と今を生きる女性 No.47 ふたたび「宝の山」を訪ねて

植西 武子 この日(平成25年12月5日)は真っ青な空に、取り残された紅葉がきれいに映える小春日和でした。空高く一羽のとんびが大きな円を描いていました。 関東支部の「女性の会」の4名(田代悦子様、佐藤蓮洋尼、森井明攝尼、…

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光明主義と今を生きる女性 No.46 お導きを頂いて

下司 仁美 思えば、中学生の時、三隅栄俊上人の郷里、山口県の宇部で三隅栄俊上人、河波定昌上首(当時九大生)より光明主義のご縁を頂き、高校3年生の時、奈良郡山の草可様の所で藤堂御法主の如法別時に就かせて頂き、私の人生観は1…

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