光明の生活を伝えつなごう

発熱の文

発熱の文 59 道徳の根底

 今やわが国家、国民の体・知・徳の三育について大いに注意を払い、力を注ぐに至りては大いに喜ぶべきことにて、中について最も善良の国民を造るは、いまだ根底を確定せず。わが国民が、人生はいずれに向かって、何の帰着点を定めて、国…

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発熱の文 58 年頭法語

大なるミオヤは十劫正覚の暁より、可愛き子を待ち詫び玉うとは、仮に邇きを示せしものの、実には久遠劫の往昔より今時の今日に至るまで、可憐き子の面の見たさ、また子を思う親の心の知らせたさに、番々出世の仏たちを御使しなされて、苦…

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発熱の文 57 聖き光

 この光明によりて自己の精神を霊化するにあらざれば、人生の真の幸福は得らるるはづなかるべし。  人の苦と感ずるも楽と観ずるも帰する処は其人々の精神にあり。他人より観れば、彼はいかに苦しからんとおもうも、其人は内心平和に満…

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発熱の文 56 航海の譬え

 吾聖きによる友なる湯地夫人照子きみよ、この人生は数十年間の航海中にてあれば、まことに日和よき日に甲板の上に共に談笑し遊戯し運動し舞踊し、歓楽のなかに船の上なるを打ち忘れて過る日もあれば、忽ちにうってかわりて天候が変じて…

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発熱の文 55 遠大なる望み

 理想のぼさつとして生活せるもの、遠大なるのぞみなしに日をくらすベからず。望みなしにあるものは、すでに心霊死したるものなり。いかなる望みかこれなる。聖国の世つぎたらんことなり。聖国の世つぎとならんには、その資格を備えざる…

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発熱の文 54 炭の譬え

 黒き炭に火がつく時は、おき火の紅赤にまた熱を発する如く、我らが煩悩の罪悪の闇黒も、如来の慈光の加わる時は、恰も黒炭に火の燃つつある如く、若し炭を離れて火の燃ることなき如く、我らが煩悩の心にこそ如来の慈光は燃ゆべけれ。あ…

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発熱の文 53 慈しみ深き吾大オミヤ

 如来の恩寵は吾胸中に存在してつねに暖炉を発し、我は如来恩寵の懐に在りて感謝禁じがたし。慈悲の温容は寐ても離れず、なさけ深き面かげはさめてもわすれがたく、朝な朝なに仏を懐きて起き、夜な夜なは仏を懐きて寐ね、我いかる時は我…

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発熱の文 52 真実と方便

 宗教伝播につきて真実と方便とあり。方便とは方法便宜にて、能化の師より所化の人に宗教の必要を感ぜしめ、求道心を発す処の動機を与うこと。未だ宗教心なきものの為に、或は演説等によりて人は宗教なくては終局の目的も明らかにならず…

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発熱の文 51 霊乳(ちち)

 私どもには霊性と肉体とがありて、肉体は人の子で、霊性は如来の子である。肉体も母親の乳汁にて養われるように、霊性は如来の光明にて育てられるのである。肉体も赤児がはじめて産声を揚げたときには、母の顔さえ見えねども、なく声を…

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発熱の文 50 天地の気にかなう

 歓喜光裡に新年を迎え、無量寿の聖名を称えて寿ほぎ奉つり候。  寒風肌にさむき夜も、あたたかなる大ミオヤの慈悲のふところにすむこころよさ。  其のちはいかが在らせ候哉。きょうはよき御天気とおもえば、また翌日は風がふき出す…

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