光明の生活を伝えつなごう

光明主義と今を生きる女性

光明主義と今を生きる女性 No.65 熊野好月先生を偲んで

遠藤 由起 松本駅で昼食を撮り、うだるような暑さの中、母と兄と三人でボンネットバスに乗り込みました。「山は涼しいからね。」の言葉を楽しみに、小学二年生の私は初めて鉢伏山に向かいました。 なだらかなお椀を伏せたような山が見…

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光明主義と今を生きる女性 No.64 お念仏の中で─父のお浄土への旅立ち─

三上 妙光 私の師僧である父と、お別時に一緒に参加させてもらっておりました。幼い頃の実家極楽寺でのお別時に始まり、豊前善光寺のお別時、唐沢山のお別時等々。尊く貴重な時間を共に過ごさしてもらいました。父は、平成25年8月に…

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光明主義と今を生きる女性 No.63 トンボとゴキブリ

花房 尚美 私は7年前(2008年)唐沢山お別時にご縁をいただきそれ以来、福岡県芦屋町大願寺での毎日9日の勉強会そして17日観音寺・慈眼寺でのお念仏会にもそのご縁をつながせていただいております。 大願寺の勉強会は11年目…

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光明主義と今を生きる女性 No.62 聖者ゆかりの地を訪ねて─布鎌教会堂での念仏会─

植西 武子 桜花爛漫の好機も終わり、新緑の兆し感じられる4月24日、関東支部「女性の会」(通称「女子会」)のメンバー9名は布鎌教会堂(千葉県印旛郡)を訪ねました。 去る3月13日、「女性の会」の例会で本年度の活動等を話し…

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光明主義と今を生きる女性 No.61 我が家の三毛猫

山本 サチ子 私の生まれ故郷は福島県の会津磐梯山がそびえ立つ猪苗代湖のすぐ近くにあります。風景のとても良い場所です。当時、私はまだ中学生でした。兄弟は姉が四人、兄が三人の8人兄弟でした。大勢いた兄弟も皆東京や神奈川の方に…

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光明主義と今を生きる女性 No.60 先人の足跡を辿って ─ セピア色の写真が語る鉢伏山念仏道場の今昔 ─

花岡 こう 古びた一葉の写真を見る時、私の心は一寸痛みます。この写真(右)は鉢伏山の「紫山荘」が老朽化で閉鎖されてから十年後に長男が撮ってきたものです。 この念仏道場の入り口の近くに頌徳碑があり、この碑には八十二代増上寺…

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光明主義と今を生きる女性 No.59 再びお念仏のご縁をいただいて ─ 心に響いたりんご狩り念仏会 ─

芥川 真理子 一年前、母、岩田英子が亡くなり、河波定昌上首がお通夜にいらして下さったご縁で、また、光明園のお念仏会に通わせて頂くことになりました。 久しぶりに道場で如来様のご絵像の前に座ると涙がとめどなく溢れ、「また、戻…

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光明主義と今を生きる女性 No.58 先人の足跡を辿って ─ 足利千枝先生と婦人部の活動 ─

植西 武子 弁栄聖者百回忌を数年後に控え、今、婦人部の結成が求められています。九州支部では既に発会式が行われ、活動が始まっているようです。各支部もそれに続くべく模索している状況かと思います。 聖者は嘗て、女性の活動の重要…

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光明主義と今を生きる女性 No.57 奇(く)しきご縁に巡り会い─吾子(あこ)に導かれて─

村松 浄光 私は現在は長野県(長野市)に居住していますが、以前はずっと神奈川県に住んでおりました。若い頃はタイピストとして働き、結婚して一男一女の母となり、平穏に暮らしておりました。ところが、その後、私の人生は思わぬ方向…

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光明主義と今を生きる女性 No.56 ありがたきお念仏のご縁に恵まれて ─田中木叉上人との出会い─

伊藤 よし子 私の祖父母である伊藤元衛、きくよは嘗て、長野県の普門寺村に住んでおりました。今も諏訪市にこの地名が残っております。この祖父母は非常に信仰心が厚く、特に弁栄聖者のみ教えに深く帰依しておりました。真剣にお念仏す…

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